新型コロナウイルスの感染拡大は、飲食店に休業や営業制限といった直接的な打撃を与えただけでなく、私たちが「何を、どう食べたいか」という感覚そのものにも影響を与えたのではないか——そう感じた人は多いのではないでしょうか。テイクアウトが当たり前になったり、店の衛生対策が気になるようになったりと、外食に対する意識が変わったという実感を持つ人もいるかもしれません。今回紹介する研究は、こうした変化を「消費者に日々接し、注文の傾向やクレームを肌で感じている専門家」であるシェフの視点から捉え直そうとしたものです。
この研究では、トルコの飲食業界で働くシェフ40名を対象に、半構造化インタビューという形式のオンライン調査が行われました。これは、あらかじめ大まかな質問項目を用意しつつも、回答に応じて柔軟に深掘りできる形式のインタビュー手法です。対象者は「purposive sampling(目的に応じた意図的な抽出)」という方法で選ばれており、集められた語りは「記述的内容分析」という手法で整理・分析されました。
シェフたちが語った5つの変化
分析の結果、シェフたちの語りからはいくつかの共通したテーマが浮かび上がったと報告されています。
- 地産地消への傾向の高まりと、食材調達の難しさ:地元産の食材を使おうとする動きが強まる一方で、実際の仕入れには困難も伴っていたことが示されています。
- メニューの簡素化と健康志向の強まり:メニュー構成をシンプルにする動きとともに、健康を意識した品目がより重視されるようになったとされています。
- 消費者行動の変化:客側により慎重で、リスクを避けようとする傾向が見られるようになったと報告されています。
- 店舗空間の調整:座席数を減らす、厨房の様子が見えるようにするといった、空間面での工夫が行われていたことが示されています。
- 衛生・食品安全を軸にしたマーケティングの強化:衛生管理や食の安全性を前面に打ち出す形で、マーケティング戦略が強化された点も挙げられています。
さらに興味深いのは、これらの変化が一時的な対応にとどまらない可能性が示唆されている点です。研究では、地元産食材の調達方法や、厨房の透明性(見える化)、健康志向のメニュー、テイクアウトサービスといった要素について、パンデミックをきっかけとした、より長期的な変化につながった可能性があると指摘されています。
この研究をどう読むか
この研究は、トルコの飲食業界で働くシェフ40名という、特定の国・特定の職種の専門家を対象にしたインタビュー調査です。得られた知見はシェフという「現場の観察者」の視点を通したものであり、消費者自身への調査ではない点には留意が必要です。また、対象者数や対象国が限定されていることから、この結果がトルコ以外の国や、シェフ以外の立場から見た場合にも同じように当てはまるかどうかは、この研究だけでは判断できません。一つの質的研究として得られた知見であり、これをもって結論が確定したわけではない、という点を踏まえて読むとよいでしょう。
研究者らは、この知見をもとに、今後同様の混乱が起きた際に備えて、柔軟な供給体制の構築や、信頼をベースにしたコミュニケーション戦略、状況に応じたメニュー計画の重要性を指摘しています。
まとめ
この研究は、トルコの飲食業界で働くシェフへのインタビューを通じて、コロナ禍が消費者の嗜好や飲食店の運営に与えた変化を描き出したものです。地産地消志向の高まり、健康志向メニューの重視、消費者のリスク回避傾向、店舗空間の見直し、衛生を重視したマーケティングといった変化が報告されており、これらは単なる一時的な対応にとどまらず、より長期的な変化につながった可能性も示唆されています。外食産業がどのように危機に適応してきたのかを考えるうえで、示唆に富む一つの事例と言えそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:COVID-19がトルコの飲食業界における消費者嗜好をどう変えたか:シェフからの知見(アバント・ソシアル・ビリムレル・デルギシ・2026年07月)