この研究は、チェコの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Journal of Microbiology Biotechnology and Food Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
ワインづくりでは、乳酸菌のはたらきによってリンゴ酸が乳酸と二酸化炭素に分解される「マロラクティック発酵(MLF)」という過程が起こります。酸味がやわらぎ味わいが丸くなる効果がある一方、このままでは困る場合もあり、造り手は発酵を進めるか抑えるかを選ぶ必要があります。MLFを抑える手段として広く使われてきたのが二酸化硫黄(亜硫酸)ですが、著者らは、香味への影響や健康面の懸念から使用量を減らそうとする流れがあることを背景として挙げています。
この研究で著者らが検討したのは、ブドウやワインにもともと含まれる成分などを代替手段として使えるかという点です。具体的には、ヒドロキシケイ皮酸と呼ばれる仲間のフェルラ酸・カフェ酸・クマル酸、そして酵母がアルコール発酵中につくる有機酸である琥珀酸(コハク酸)の4種類を取り上げ、これらがMLFを担う乳酸菌の増殖やMLFそのものをどの程度抑えるのかを調べました。
何をどう調べたか
対象とした菌は3種類です。ワインのMLFの主役とされるオエノコッカス・オエニ(Oenococcus oeni)と、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)で、いずれも保存機関に登録された菌株が用いられました。
試験は段階的に行われました。まず、培養液の中で菌を育てながら濁り具合(吸光度)を24時間測り続け、酸を加えたときに菌の増え方がどう変わるかを追う「増殖曲線」の測定です。次に、寒天培地に菌を広げてそこに酸を置き、菌が育たない領域(阻止円)の大きさを測る「ディスク拡散法」が用いられました。いずれも1、2.5、5、10 g/Lの濃度で試験されています。
最後に、実際のワインを使った微量試験が行われました。白ワインはソーヴィニエ・グリ、赤ワインはピノ・ノワールを用い、加熱殺菌したうえでリンゴ酸量を1.5 g/Lにそろえ、市販のMLF用乳酸菌を接種しています。ここでの酸の添加量は0.25、0.5、1 g/Lと、培養試験よりかなり低い範囲です。比較のため、何も加えない対照区と、亜硫酸(二亜硫酸カリウム50 mg/L)を加えた区も設けられ、リンゴ酸と乳酸の量が高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で追跡されました。すべての試験は3回繰り返して統計処理されています。
報告された主な結果
培養試験では、どの酸も濃度が高いほどよく効くという明確な傾向が示されました。ただし、効き方は菌の種類と酸の組み合わせによって異なると著者らは報告しています。5 g/Lの条件で比べると、O. oeniにはフェルラ酸がもっとも強く働き、クマル酸がもっとも弱いという結果でした。L. brevisにはカフェ酸とクマル酸が効果的で、L. plantarumに対しては琥珀酸がもっとも強い抑制を示しました。ディスク拡散法でも、おおむね同じ菌ごとの傾向が確認されています。この方法では2.5 g/Lを超える濃度で初めて阻止円が見られ、著者らは、もっとも強い阻害活性が記録されたのはL. brevisであったと述べています。
注目すべきは、実際のワインでの試験結果です。著者らによれば、培養液を用いた試験では抑制の目安となる濃度が5〜10 g/Lであったのに対し、ワイン中では0.25〜1 g/Lという、実際の醸造で意味を持つ範囲で明確な抗菌作用が確認されました。著者らはこの差について、ワインの低いpHやアルコールが酸の働きと重なり合うためと説明しています。弱い酸はpHの低い環境では電気的に中性の形が増えて菌の細胞膜を通り抜けやすくなり、細胞内に入ってから菌にストレスを与える、という仕組みが挙げられています。
白ワインでは、試した全ての濃度で抑制が確認されました。一方、赤ワインでは濃度による差がよりはっきり出て、濃度が高いほど抑制も強まる傾向が示されています。表に示された値では、白ワインのクマル酸1 g/Lで残存リンゴ酸が1.56 g/L、フェルラ酸1 g/Lで1.45 g/Lと、亜硫酸区の1.60 g/Lに近い水準でした。赤ワインではフェルラ酸1 g/Lで1.05 g/L、亜硫酸区は1.28 g/Lと報告されています。なお、赤ワインに琥珀酸を0.25および0.5 g/L加えた区では、対照区と統計的に区別がつかなかったとされています。また、リンゴ酸が全く減らなかったのは亜硫酸を加えた区だけで、他のすべての区では程度の差はあれ減少が見られたことも、著者らは明記しています。
この研究が示すこと
この研究が伝えているのは、成分の効き目を試験管の中だけで測ると、実際のワインでの姿を見誤りかねないということです。培養液で必要とされた濃度と、ワインの中で効果が確認された濃度には開きがありました。ワインという環境そのものが、抑制のはたらきを後押ししていたことになります。
同時に、白ワインと赤ワイン、そして菌の種類によって結果が違っていた点も見過ごせません。どの酸がよく効くかは一様ではなく、対象や条件に応じて選び分けが必要になることを、この結果は示しています。著者らは、必要とされる濃度がワインに自然に含まれる量を上回る場合が多いことや、フェノール化合物の添加が色や香りといったワインの性質に影響しうることにも触れており、そうした条件のもとで評価されるべき知見として報告しています。
著者:Božena Průšová(Mendel University in Brno)、Karolina Kostelnikova(Mendel University in Brno , Faculty of Horticulture , Department of Viticulture and Oenology , Valtická 337 , 69144 Lednice , Czech Republic)、Josef Licek(Mendel University in Brno , Faculty of Horticulture , Department of Viticulture and Oenology , Valtická 337 , 69144 Lednice , Czech Republic)、Jiří Sochor(Mendel University in Brno , Faculty of Horticulture , Department of Viticulture and Oenology , Valtická 337 , 69144 Lednice , Czech Republic)、Mojmír Baroň(Mendel University in Brno , Faculty of Horticulture , Department of Viticulture and Oenology , Valtická 337 , 69144 Lednice , Czech Republic)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Božena Průšová, Karolina Kostelnikova, Josef Licek, et al. EFFECT OF HYDROXYCINNAMIC ACIDS AND SUCCINIC ACID ON MALOLACTIC FERMENTATION OF WHITE AND RED WINES. Journal of Microbiology Biotechnology and Food Sciences 2026-08-18. DOI: 10.55251/jmbfs.12500. 原著ライセンス:CC BY.