この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food Chemistry X
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
中国では梨の栽培が盛んで、なかでも砀山酥梨(とうざんすり)という品種は国内で最も広い作付面積を占めています。しかし季節性の果物であるため、生のままではその大量の収穫を消費しきれません。産地では果汁や缶詰、ペーストなどへの加工が行われていますが、著者らによれば、これらの製品は付加価値が低く、内容が似通ってしまうという課題を抱えています。
乳酸菌による発酵は、果実加工品の色の安定性や風味、日持ちを改善し、機能性のある成分を生み出す方法として知られています。ただし研究チームは、砀山酥梨の発酵について複数の乳酸菌株を系統的に比較した研究は限られており、これまでの研究は一つか少数の菌株に注目したものが中心だったと指摘しています。そこで本研究では、これまで梨の発酵に用いられたことのない8株の乳酸菌を取り上げ、それぞれが梨の性質や風味、含まれる成分をどう変えるのかを比較しました。
どのように調べたか
研究チームは、皮をむいて切った砀山酥梨を砂糖水と合わせて瓶に詰め、加熱殺菌したうえで8種類の乳酸菌をそれぞれ接種し、37度で20時間発酵させました。菌を加えない試料を対照として、同じ条件で扱っています。
発酵の前後で、pH、糖度、総酸、総糖といった基本的な性質のほか、リンゴ酸や乳酸などの有機酸、総ポリフェノール量と総フラボノイド量を測定しました。さらに、抗酸化の指標となるDPPHとABTS+という2種類のラジカル(反応性の高い物質)を消去する力、および糖の分解に関わるα-グルコシダーゼとα-アミラーゼという酵素を阻害する働きも調べています。香りの成分は、気体として揮発する成分を捕まえて分析する手法(HS-SPME-GC-MS)で測定し、訓練を受けた12名のパネルによる官能評価も行いました。加えて、成績の良かった2株については、揮発しない成分の全体像を網羅的にとらえるメタボロミクス(代謝物の一斉分析)を、単独培養と混合培養の両方で実施しました。
報告された主な結果
8株すべてで発酵により酸が増え、糖と糖度は下がりました。pHは発酵前の5.46から、R11株(Limosilactobacillus fermentum)で最も低い3.91まで下がり、総酸もR11で最大の増加を示しています。一方でL3株(Lactiplantibacillus plantarum)は糖の消費が比較的少なく、菌株によって代謝の働きが異なることが示されました。
有機酸では、発酵前はリンゴ酸が最も多かったのに対し、発酵後はいずれの試料でも乳酸が主要な有機酸になりました。L3株は乳酸の生成量が最も多く酢酸は少なめで、R11株は乳酸と酢酸の両方を多く生成しました。著者らはこの違いを、糖をほぼ乳酸に変える代謝経路をもつ菌株と、乳酸のほかに酢酸なども生じる経路をもつ菌株の違いによるものと説明しています。
ポリフェノールとフラボノイドはどの菌株でも増加し、L3株で最も大きく増えました。抗酸化の指標も同様で、L3株の発酵でDPPH消去率は93.93%、ABTS+消去率は83.87%に達しています。酵素を阻害する働きについても、α-グルコシダーゼ阻害率はL3株の発酵で18.93%から97.80%へと大きく上昇しました。なお、これらは試験管内での化学的な測定であり、人が食べたときの効果を調べたものではありません。
香りの成分は合計170種類が同定され、発酵によって種類も量も増えました。ただしその変化の方向は菌株ごとに異なり、L3株では果実様の香りをもつエステル類や柑橘系の香りのD-リモネンが増え、逆にハーブ・ミント様の成分が減りました。R11株は酸の生成能力が際立ち、酢酸が最も多く増えたほか、D-マンニトールやソルビトールといった糖アルコールも増加しており、著者らは甘みや口当たりに寄与する可能性を挙げています。ほかの菌株でも、バターやクリームを思わせるアセトインが増えるものなど、それぞれ特徴的な変化が見られました。
揮発しない成分の分析では、発酵によって幅広い成分が組み替わっていることが分かり、とくにL3株とR11株を組み合わせた混合発酵で変化が大きくなりました。イソロイシン、バリン、プロリンといったアミノ酸や、GABA、コリン、ジペプチドなどが発酵後に増加しています。なかでもGABAは、R11株の発酵で4.62倍に増えたと報告されています。
この研究が示すこと
同じ梨を原料にしても、どの乳酸菌を使うかによって、酸味の強さ、香りの方向性、そして残る成分の顔ぶれが大きく変わることが示されました。L3株は果実様の香りと成分量の増加に、R11株は酸味と口当たりの変化にそれぞれ特徴があり、両者を組み合わせるとさらに異なる成分構成になります。
著者らは、この2株が梨の風味と成分を高める発酵用スターター(発酵の出発点として加える菌)として有効であり、梨という資源を高付加価値に活かすための一つの現実的な道筋になると結論づけています。菌株の選択そのものが、加工品の設計の手がかりになるという見方を示した研究といえます。
著者:Jiayu Gu(Anhui Engineering Laboratory for Functional Microorganisms and Fermented Foods, Anhui Academy of Agricultural Sciences, Hefei, Anhui 230041, China)、Qian Zhu(Anhui Engineering Laboratory for Functional Microorganisms and Fermented Foods, Anhui Academy of Agricultural Sciences, Hefei, Anhui 230041, China)、Jingjing Du(Anhui Engineering Laboratory for Functional Microorganisms and Fermented Foods, Anhui Academy of Agricultural Sciences, Hefei, Anhui 230041, China)、Jiagang Guo(Anhui Engineering Laboratory for Functional Microorganisms and Fermented Foods, Anhui Academy of Agricultural Sciences, Hefei, Anhui 230041, China)、Yuhan Wu(Anhui Engineering Laboratory for Functional Microorganisms and Fermented Foods, Anhui Academy of Agricultural Sciences, Hefei, Anhui 230041, China)、Shuo Wang(Anhui Engineering Laboratory for Functional Microorganisms and Fermented Foods, Anhui Academy of Agricultural Sciences, Hefei, Anhui 230041, China)、Jian Jiang(Anhui Engineering Laboratory for Functional Microorganisms and Fermented Foods, Anhui Academy of Agricultural Sciences, Hefei, Anhui 230041, China)、Song Yang(Anhui Engineering Laboratory for Functional Microorganisms and Fermented Foods, Anhui Academy of Agricultural Sciences, Hefei, Anhui 230041, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jiayu Gu, Qian Zhu, Jingjing Du, et al. Physicochemical, nutritional, and flavor attributes of Dangshan Su pear fermented with various lactic acid bacteria. Food Chemistry X 2026-08-27. DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104338. 原著ライセンス:CC BY.