お酢は果物や穀物を自然の力で発酵させてつくられる、昔ながらの発酵食品です。近年はライチ(レイシ)などの果実を原料にした「フルーツビネガー」も注目されていますが、発酵の途中でどんな微生物がどんな順番で働き、どんな成分が生まれているのかは、実はあまり詳しく調べられていませんでした。今回紹介する研究は、ライチ果実を原料にした自然発酵の酢様飲料(LVB)を対象に、発酵の各段階で微生物の顔ぶれと非揮発性の化学成分がどう変化していくかを、最新の解析技術で丹念に追跡したものです。

どうやって調べたのか

研究チームは、メタゲノム解析(発酵液中にいる微生物のDNAを網羅的に読み取る手法)と、非標的メタボロミクス(UHPLC-MS/MSという高精度の質量分析装置を使い、特定の成分に絞らず幅広く化合物を検出する手法)を組み合わせて、ライチ酢様飲料が自然に発酵していく過程を段階ごとに調べました。

発酵の進み方で主役の微生物が入れ替わる

メタゲノム解析の結果、発酵が進むにつれて微生物の多様性は減少し、群集の構成が大きく変化していくことが示されました。発酵全体を通じて細菌が優勢で、分類できた配列のうち69.16〜99.04%を細菌が占めていたと報告されています。

発酵の初期段階ではLeuconostoc(ロイコノストック)属、Enterobacter(エンテロバクター)属、Klebsiella(クレブシエラ)属が多く見られました。発酵が中盤に進むと、酸をつくる働きを担うKomagataeibacter(コマガタエイバクター)属とLactiplantibacillus(ラクチプランティバチルス)属が優勢になっていきます。そして最終段階では、Zymomonas(ザイモモナス)属や、AcetobacterとKomagataeibacterを含むAcetobacteriaceae(アセトバクター)科が主体になったとされています。つまり、発酵の進行に合わせて「主役」となる微生物がバトンタッチのように入れ替わっていく様子が見えてきたわけです。

2,382種類もの成分を検出

非標的メタボロミクスの解析では、自社ライブラリやHMDB、KEGGといったデータベース、さらにmetDNAというアルゴリズムを組み合わせた照合と、厳密な品質フィルタリングにより、あわせて2,382種類の代謝物(化合物)が同定され、20のグループに分類されました。そのうち、アミノ酸や有機酸、ベンゼン誘導体などを含む37種類の代謝物が、発酵の各段階の間で特に変動が大きい「差のある代謝物」として抽出されたと報告されています。

微生物どうし、微生物と成分の「つながり」も見えてきた

さらに、優勢な細菌と発酵液の理化学的な特性(酸度など)、そして味に関わる非揮発性代謝物との関係をスピアマン相関分析で調べたところ、これらの間に高度に組織立った生態学的なつながりのネットワークがあることが明らかになったとされています。具体的には、Zymomonas mobilis、Acetobacter pasteurianus、Leuconostoc suionicum、Lactiplantibacillus plantarumという4種類の微生物が、互いに補い合うような形で発酵を進めていた可能性が示唆されています。一方で、Enterobacter hormaecheiとEnterobacter quasiroggenkampiiという近縁の2種は、それぞれ異なる発酵段階で増えており、同じ科に属していても画一的に競合するのではなく、種ごとに異なる生育環境(ニッチ)を使い分け、資源をめぐる関係も種のレベルで異なっていた可能性が示されています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この研究は、ライチを原料にした自然発酵の酢様飲料について、微生物と成分の変化を段階を追って観察したものであり、特定の菌や成分が健康に良い・悪いといった効果を直接検証したものではありません。論文では、こうした知見が今後、狙った微生物の組み合わせ(合成微生物コンソーシアム)を設計したり、発酵を助ける菌を選んで加える手法(バイオオーグメンテーション)を検討したりするための理論的な手がかりになり、風味や機能性を高めたライチ酢様飲料づくりや、ライチという果実の新たな活用につながる可能性があると述べられています。あくまで一つの研究であり、ここで示された微生物や成分の動きが、他の原料や条件でも同じように起こるとは限らない点には留意が必要です。

まとめ

今回の研究では、ライチを原料にした自然発酵酢様飲料の発酵過程において、微生物の顔ぶれが初期・中期・最終段階で大きく入れ替わり、それに伴ってアミノ酸や有機酸など多様な非揮発性成分も変化していく様子が、メタゲノム解析とメタボロミクスの組み合わせによって描き出されました。微生物どうし、そして微生物と成分との間には、単純な優劣関係にとどまらない、種のレベルでのすみ分けや協調が存在する可能性も示唆されています。発酵食品の「見えない主役たち」の働きを解き明かす手がかりとして、今後の研究の広がりが期待されます。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:自然発酵ライチ(Litchi chinensis Sonn.)発酵酢様飲料における発酵段階を通じた微生物生態と非揮発性化合物のマルチオミクス解析(フロンティアーズ・イン・ニュートリション・2026年07月)