著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
牛乳やヨーグルト、チーズなどの乳製品は、栄養が豊富で水分活性も高いため、微生物が増えやすい食品でもあります。加熱殺菌をしても、その後の保存中に風味が変化したり酸っぱい臭いが出たりする「殺菌後の劣化」が起きることがあり、これは腐敗細菌そのものだけでなく、細菌が作り出す酵素の働きが関わっていると考えられています。中国・上海海洋大学と内モンゴル自治区の乳業関連機関の研究者らによる今回の研究は、2003年から2025年までに発表された79件の論文データを integrate(統合)し、乳製品を汚染する腐敗細菌の実態と、その細菌が作る「リパーゼ」という脂質分解酵素の分子的な特徴を調べたものです。
世界の地域や製品によって汚染率に差
研究チームはPubMed、Web of Science、中国の学術データベース(CNKI)を用いて文献を検索し、PRISMAという系統的レビューの手法に沿ってスクリーニングを行いました。当初3751件見つかった論文から重複や関連性の低いものを除き、最終的に27カ国・79件の論文を分析対象としました。対象となった乳製品は、生乳やUHT牛乳などの液状乳、粉乳、クリームやバターなどの乳脂肪製品、アイスクリーム、チーズの5種類に分類されています。
腐敗細菌の合算汚染率を地域別に見ると、南米が89.5%と最も高く、次いで北米88.3%、アジア87.3%、ヨーロッパ86.0%、オセアニア82.2%と続き、アフリカは57.6%とやや低い値でした。ただし著者らは、南米のデータの8割がブラジル発、アフリカのデータの75%がチュニジア発、北米はほぼ米国、アジアは中国のデータが中心であるなど、地域内のデータが特定の国に偏っている点を明確な限界として挙げています。また、地域間の異質性(統計的なばらつきの指標であるI²値)は多くの区分で75%を超えており、気候や生産条件、検出方法の違いが影響している可能性があるとして、大陸間の比較はあくまで探索的な結果として捉えるべきだとしています。
製品の種類別では、生乳が92.6%と最も高い汚染率を示しましたが、生乳にはもともと乳由来のリパーゼが含まれているため、これは微生物汚染率の参考値にとどまるとされています。粉乳も86.8%と高く、UHT牛乳(28.9%)やバクトフューゲーション処理牛乳(10.0%)など加熱処理や特殊な除菌処理を経た製品では汚染率が大きく下がる傾向が見られました。チーズは46.5%、アイスクリームは29.2%と中程度から低めの値でした。
優勢な菌はバチルス属とシュードモナス属
今回の分析では77属の腐敗細菌が確認されましたが、その分布は特定の属に集中していました。最も多かったのはバチルス(Bacillus)属で全体の40.7%、次いでシュードモナス(Pseudomonas)属が20.3%(本文中の別表記では23.0%)を占め、この2属だけで全体の6割以上に達しました。菌株レベルで見ると、シュードモナス・フルオレッセンス(Pseudomonas fluorescens)が21.1%、バチルス・リケニフォルミス(Bacillus licheniformis)が20.1%と最も検出率が高く、バチルス・セレウス(Bacillus cereus、19.4%)やバチルス・サブチリス(Bacillus subtilis、11.7%)もよく見られる菌として挙げられています。これらの結果をもとに、研究チームは乳製品の腐敗に関わる代表的な菌として、シュードモナス・フルオレッセンス、バチルス・リケニフォルミス、バチルス・セレウスなど11種を選び出しました。なお、シュードモナス・フルオレッセンスは低温(4〜7℃程度)でも増殖してリパーゼを分泌できる性質があると本文で説明されています。
リパーゼの立体構造に共通する特徴
研究チームは、上記の代表的な腐敗細菌についてNCBIのデータベースからリパーゼのアミノ酸配列を検索し、37種類のリパーゼ配列を抽出しました。ExPASyというオンラインツールで分子量や等電点などの物理化学的性質を調べたほか、SWISS-MODELというホモロジーモデリングの手法で立体構造を予測し、PyMOLというソフトウェアで可視化しています。その結果、これらのリパーゼは疎水性の高い表面、脂質への高い親和性、そして「α/βヒドロラーゼフォールド」と呼ばれる保存された折りたたみ構造を共通して持つことが示されました。保存されたドメイン(機能的にまとまった構造領域)としては、脂質代謝などに関わるとされる「Abhydrolaseスーパーファミリー」を含むリパーゼが11件と最多で、細胞内輸送に関わるとされる「CVT17スーパーファミリー」を含むものが6件と続きました。これらの構造的特徴について、研究チームは加熱処理後もリパーゼの活性が保たれやすいことと関連している可能性があるという仮説を示していますが、これは予測に基づく仮説であり、実験的に検証されたものではない点に注意が必要です。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
著者らは、今回の研究の特徴として、単に汚染率を報告するだけの従来型の解析や、任意に選んだ菌株のリパーゼを調べるだけの独立した生物情報学的研究とは異なり、疫学的な出現頻度の分析結果に基づいて選んだ菌のリパーゼを構造解析した点を挙げています。一方で著者ら自身が、地域データの偏り、大陸間比較の異質性の高さ、乳脂肪含有量(全脂・低脂肪など)に関する元データの不足、そしてリパーゼの構造予測が実験的検証を伴わない仮説段階にとどまる点などを限界として明記しています。今回の内容は一つの統合解析であり、乳製品の腐敗リスクや特定の菌・酵素の影響について確定的な結論を示すものではありません。
研究チームは、今回の知見が乳製品の腐敗リスクを監視・早期警戒する仕組みづくりや、熱に強いリパーゼを標的とした新しい阻害剤の開発に向けた基礎資料になりうるとしています。
著者:Yuying Lu(College of Food Science and Technology, Shanghai Ocean University, Shanghai 201306, China)、Qian Wu(College of Food Science and Technology, Shanghai Ocean University, Shanghai 201306, China)、Jinling Wang(Inner Mongolia Yili Industrial Group Co., Ltd., Hohhot 010110, China)、Pradeep K. Malakar(College of Food Science and Technology, Shanghai Ocean University, Shanghai 201306, China)、Xu Wang(Inner Mongolia Yili Industrial Group Co., Ltd., Hohhot 010110, China)、Dongmei Wang(Inner Mongolia Yili Industrial Group Co., Ltd., Hohhot 010110, China)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Yuying Lu, Qian Wu, Jinling Wang, et al. Dairy Spoilage Bacteria and Their Lipases: Prevalence Patterns and Molecular Traits. フーズ (2026). DOI: 10.3390/foods15152750. 原著ライセンス: cc-by.