中央アジアには、牛乳を発酵させて作る伝統的な乳製品「スズベ」と「クルト」がある。スズベは乳を乳酸発酵させて得た高水分(水分含有量約78〜79%)の凝乳で、クルトはそれをさらに乾燥・成形した保存食品にあたる。クルトは11世紀の文献にすでに記録が残るとされる古い食品で、地域によって呼び名が異なり、トルクメニスタンでは「グルート」、レバノンやシリアなどでは「ジャミード」、イランでは「カシュク」、モンゴルでは「アーロール」と呼ばれるなど、中央アジアから中東、コーカサス、ロシアの一部にまで広く親しまれているという。今回、カザフスタンの大学に所属する研究者らが、これらの製品に電子線照射(EBI)という非加熱の技術を適用し、微生物の管理と品質保持にどのような効果があるかを詳しく調べた研究を報告した。

スズベは冷蔵でも保存期間が36〜72時間程度と短く、クルトも低脂肪タイプで最長3か月、高脂肪タイプでは1か月ほどとされる。従来は加熱殺菌や保存料の添加で日持ちを延ばす方法があるが、これらは伝統製法の風味や栄養を損ないやすい。電子線照射は高エネルギーの電子を当てて微生物のDNAを損傷させ、増殖を抑える非加熱の技術で、ガンマ線照射に比べて処理時間が短く、放射性廃棄物が出ないなどの利点があるとされる。ただし、水分の少ないクルトと水分の多いスズベでは食品としての性質が大きく異なるため、これまで液状乳やヨーグルト、硬質チーズなどで得られた知見をそのまま当てはめられるかは不明だったという。

研究でわかったこと

研究チームは、乳酸菌(Streptococcus thermophilusとLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)を使ったスターター培養でスズベを作り、これに乾燥ホエイパウダーやバターミルクパウダー、大豆たんぱく質濃縮物、亜麻仁油かすの粉末、食塩などを配合してクルトに仕上げた。スズベは0.3、0.5、0.7kGyの線量で電子線照射したのち2〜4℃で20日間、クルトは1、3、5kGyの線量で照射したのち20℃で180日間、それぞれ保存して変化を追跡し、無照射の対照品と比較した。

微生物検査の結果、黄色ブドウ球菌、リステリア・モノサイトゲネス、大腸菌群、サルモネラ属菌といった病原微生物は、照射・無照射のいずれの試料からも保存期間を通じて検出されなかった。一方でスズベでは、保存中に一般生菌数(中温性好気性・通性嫌気性菌数)がどの条件でも増加する傾向がみられ、これは製品中に残る乳酸菌自体の増殖によるものと考えられている。カビは全試料で検出されず、酵母の数はいずれも基準値(100CFU/g以下)を下回ったが、特に0.3kGyで照射した試料は保存20日後でも酵母の増加が少なく抑えられていた。クルトでは、無照射の対照品が180日後に一般生菌数2.0×10⁵CFU/gに達したのに対し、1〜5kGyで照射した試料はいずれも1.0×10⁵CFU/gにとどまり、約半分に抑えられていた。

たんぱく質や脂肪、炭水化物といった主要な栄養成分は、照射線量にかかわらず統計的に意味のある変化は見られず、栄養価はおおむね保たれていた。ただし、アミノ酸を詳しく調べると、線量が上がるほど一部のアミノ酸が減少する傾向が確認された。3kGy以上の高線量では、含硫アミノ酸のメチオニンが17.5%、芳香族アミノ酸のトリプトファンが21.1%、リジンが18.6%、それぞれ有意に減少したという。これは、照射によって生じる活性酸素・活性窒素種がこれらのアミノ酸と反応しやすいためと説明されている。一方、プロリンやバリン、ロイシン・イソロイシンなどは照射による変化がほとんどなく、比較的安定していた。

物性面では、電子線照射によって保水力(WHC)や保脂力(FHC)が高まり、ホエイの分離(離水)が抑えられ、水分活性やpHも安定する傾向がみられた。走査型電子顕微鏡による観察では、クルトは1kGyの照射でたんぱく質構造がより密になり、スズベは高線量になるほど構造がゆるむ様子が確認されたという。これらを踏まえて研究チームは、スズベは0.3kGy、クルトは1kGyという比較的低い線量が、微生物の抑制と栄養・物性の保持のバランスが取れた最適条件だと結論づけている。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は特定の配合・条件で作られたスズベとクルトを対象にした実験であり、原料の乳や製法が異なれば結果も変わりうる。また、3kGy以上の高線量では一部の必須アミノ酸が有意に減少しており、線量を上げれば上げるほど良いわけではないことが示されている点にも注意したい。今回の結果は電子線照射という技術の可能性を示したものであり、これをもって特定の食品の安全性や効能が保証されたと解釈すべきではない。あくまで一つの研究であり、実際の商業生産への応用にはさらなる検証が必要とされている。

まとめ

今回の研究では、伝統的な発酵乳製品であるスズベとクルトに電子線照射を適用したところ、比較的低い線量(スズベ0.3kGy、クルト1kGy)で腐敗にかかわる微生物や酵母の増殖を抑えつつ、たんぱく質やアミノ酸組成、物性への影響を小さく抑えられる可能性が示された。一方で線量を上げすぎると一部のアミノ酸が失われることも確認されており、非加熱による保存技術として応用する際には適切な線量設定が重要になりそうだ。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Zhanar Kalibekkyzy, Duman Orynbekov, Farida Smolnikova, et al. Assessing the efficacy of electron beam irradiation for microbiological safety and quality preservation of regionally significant fermented dairy products (suzbe and kurt). フロンティアーズ・イン・サステナブル・フード・システムズ (2026). DOI: 10.3389/fsufs.2026.1908816.