著者の所属・活動拠点の国は、スペインです。
掲載誌:European Food Research and Technology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
小麦(Triticum aestivum L.)は世界的に重要な穀物であり、炭水化物やたんぱく質の供給源として知られていますが、含まれる油脂(脂質)はごくわずかな割合にすぎません。しかしこの少量の油には、多価不飽和脂肪酸や脂溶性の抗酸化成分が含まれており、機能性食品の素材として注目されつつあります。今回紹介する研究は、この小麦油をどのように取り出すかによって、油の質だけでなく、油を取ったあとに残る「かす(固形残渣)」の栄養価まで変わってくるのかを調べたものです。研究チームはスペインのバレンシア大学(Universitat de València)などに所属しています。
比較されたのは、有機溶媒を使う伝統的な「ソックスレー抽出(SE)」と、二酸化炭素を高圧・高温で液体でも気体でもない状態(超臨界状態)にして溶媒として使う「超臨界流体抽出(SFE)」の2つの方法です。SEでは2-メチルテトラヒドロフラン(2-MeTHF)という比較的環境負荷の低い溶媒を用い、75分間の還流抽出を実施。一方SFEは40℃・25MPaという条件下で、二酸化炭素(毎分9.2mL)にエタノールを補助溶媒として少量加え(毎分0.8mL)、同じく75分間抽出しています。原料には発芽小麦(Innovative Cooking S.L.提供)を粉末化したものが使われました。
研究でわかったこと
まず油そのものの回収率は、SEが89.80±4.09%、SFEが90.24±2.71%とほぼ同等でした。ところが、油を取ったあとに残る固形残渣の量(残渣保持率)では明確な差があり、SFEでは97.57±0.35%と、ほぼ元の形を保ったのに対し、SEでは92.36±0.54%にとどまりました。研究チームは、SEで使う長時間の加熱還流が原料の構造をより強く壊してしまうためではないかと考察しています。実際、SE由来の油は色が濃く濁っていたのに対し、SFE由来の油は透明感のある淡い色をしていたと報告されています。
脂肪酸の組成を比べると、SFEで得た油は不飽和脂肪酸の割合が高くなる傾向が見られました。具体的には、SE由来の油ではミリスチン酸(C14:0)が64.14±2.71mg/gと多く含まれていたのに対し、SFE由来の油ではわずか0.30±0.02mg/gに減少。逆にオレイン酸は42.13±4.22mg/gから54.06±0.81mg/gへ、リノール酸は156.07±7.48mg/gから211.90±2.98mg/gへと増加しました。飽和脂肪酸全体の割合もSEの31.47%からSFEの13.42%へ低下し、多価不飽和脂肪酸はSEの50.64%からSFEの64.60%へ上昇しています。研究チームはこれをもとに、動脈硬化指数(AI)や血栓形成指数(TI)といった脂質の質を示す指標を算出し、SFE由来の油でこれらの指数が低い(望ましい)値を示したとしています。なお1H NMR(核磁気共鳴)分析では、SFEで得られた油の主成分がアシルグリセロール(脂肪酸とグリセロールが結合した油脂の基本構造)であることが確認されました。
一方で、ポリフェノール量や抗酸化力についてはSEの方が高い値を示しました。総フェノール量はSEが73.68±6.09 mg GAE/g、SFEが23.63±2.32 mg GAE/gで約3倍の差があり、抗酸化力を測るORAC値(SE:75.97±5.61、SFE:16.52±1.15 µmol TE/g)やABTS値(SE:40.72±2.18、SFE:2.59±0.16 µmol TE/g)でも同様の傾向でした。ただし著者らは、フェノール量の測定に使ったFolin-Ciocalteu法は色素や加熱で生じた分解物なども一緒に検出してしまう可能性があり、SE抽出物で観察された総フェノール量は過大評価されている可能性がある、という限界点を明記しています。またフェノール成分の内訳を詳しく調べると、両方の油で「アルキルレゾルシノール」という小麦特有の成分が主要なフェノール成分でしたが、SFE由来の油ではその純度が99.54±0.07%と非常に高く、鎖の長さも短め・中程度のもの(5-ヘネイコシルレゾルシノールや5-ノナデシルレゾルシノールなど)に偏って濃縮されていたのに対し、SE由来の油ではより幅広い鎖長の混合物になっていました。
残渣(かす)側の分析では、SFE処理した残渣の方が炭水化物・たんぱく質・ミネラル(マグネシウム、リン、カリウム、鉄)をより多く保持しており、さらにヒ素・カドミウム・鉛といった重金属の含有量が少ない傾向が示されました。これらのことから研究チームは、SFEで処理した残渣の方が、食品や飼料などへの再利用(バイオリファイナリー的な活用)に適した栄養・安全性プロファイルを持つ可能性があるとまとめています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、油の抽出条件を最適化することではなく、確立された2つの抽出条件下での組成の違いを比較することを目的としたものだと著者らは述べています。つまり、SFEの条件(40℃・25MPa・75分)は研究室で日常的に使われているプロトコルに基づいて選ばれたものであり、これが最適な条件かどうかを検証したものではありません。また、フェノール総量の測定法自体に由来する限界(前述のFolin-Ciocalteu法の非特異性)や、NMR分析はSFE由来の油のみを代表例として行っており、両抽出法の詳細な構造比較を目的としたものではない点にも留意が必要です。今回の実験は小麦(発芽処理済みのもの)を対象とした一つの研究であり、ほかの穀物や未発芽の小麦にそのまま当てはまるとは限りません。
まとめ
今回の研究は、同じ小麦から油を取り出すにも、方法によって「良質な油を得意とするか」「抗酸化成分を多く残すか」という得意分野が分かれることを示しています。超臨界CO2抽出は不飽和脂肪酸に富み特定のアルキルレゾルシノールが濃縮された油と、栄養価を保ちつつ重金属が少ない残渣を両立する一方、伝統的なソックスレー抽出はポリフェノールや抗酸化力の高い油を得意とする、というのが著者らの結論です。どちらが優れているというより、目的に応じて抽出技術を使い分ける材料になる研究といえます。
著者:Weilan Gao(Preventive Medicine and Public Health, Food Science, Toxicology and Forensic Medicine Department, Faculty of Pharmacy and Food Science, Innovative Technologies for Sustainable Food (ALISOST), Universitat de València, Avda. Vicent André’s Estelles, 22, Burjassot, Valencia, 46100, Spain)、Laura Hernández‐García(Preventive Medicine and Public Health, Food Science, Toxicology and Forensic Medicine Department, Faculty of Pharmacy and Food Science, Innovative Technologies for Sustainable Food (ALISOST), Universitat de València, Avda. Vicent André’s Estelles, 22, Burjassot, Valencia, 46100, Spain)、Noelia Pallarés(Preventive Medicine and Public Health, Food Science, Toxicology and Forensic Medicine Department, Faculty of Pharmacy and Food Science, Innovative Technologies for Sustainable Food (ALISOST), Universitat de València, Avda. Vicent André’s Estelles, 22, Burjassot, Valencia, 46100, Spain)、Manuel Salgado-Ramos(Preventive Medicine and Public Health, Food Science, Toxicology and Forensic Medicine Department, Faculty of Pharmacy and Food Science, Innovative Technologies for Sustainable Food (ALISOST), Universitat de València, Avda. Vicent André’s Estelles, 22, Burjassot, Valencia, 46100, Spain)、Albert Sebastià(Preventive Medicine and Public Health, Food Science, Toxicology and Forensic Medicine Department, Faculty of Pharmacy and Food Science, Innovative Technologies for Sustainable Food (ALISOST), Universitat de València, Avda. Vicent André’s Estelles, 22, Burjassot, Valencia, 46100, Spain)、Juan Manuel Castagnini(Preventive Medicine and Public Health, Food Science, Toxicology and Forensic Medicine Department, Faculty of Pharmacy and Food Science, Innovative Technologies for Sustainable Food (ALISOST), Universitat de València, Avda. Vicent André’s Estelles, 22, Burjassot, Valencia, 46100, Spain)、Pedro V. Martínez‐Culebras(Preventive Medicine and Public Health, Food Science, Toxicology and Forensic Medicine Department, Faculty of Pharmacy and Food Science, Innovative Technologies for Sustainable Food (ALISOST), Universitat de València, Avda. Vicent André’s Estelles, 22, Burjassot, Valencia, 46100, Spain)、Francisco J. Barba(CIBER de Enfermedades Infecciosas (CIBERINFEC), Instituto de Salud Carlos III, C/Monforte de Lemos 3-5. Pabellón 11. Planta 0, Madrid, 28029, Spain)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Weilan Gao, Laura Hernández‐García, Noelia Pallarés, et al. Integrated evaluation of supercritical fluid and Soxhlet extraction of wheat: linking oil quality and solid matrix functional retention. ヨーロピアン・フード・リサーチ・アンド・テクノロジー (2026). DOI: 10.1007/s00217-026-05248-9. 原著ライセンス: cc-by.