著者の所属・活動拠点の国は、タイです。
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
東南アジア料理の香味野菜として親しまれる「ラクサリーフ」ことPersicaria odorata(Lour.)は、タイの伝統医療では消化不良の緩和や香味付けに使われてきた植物です。葉や茎にはポリフェノール(フェノール性物質)や精油成分が豊富に含まれることが知られており、これらが糖質の分解に関わる酵素「α-グルコシダーゼ」の働きを抑える可能性が過去の研究で指摘されていました。ただし、抽出物全体としての効果は報告されていても、実際にどの成分が阻害作用の主役なのかはこれまで明らかになっていませんでした。タイのコンケン大学などの研究グループは、この点を明らかにするため、試験管内での酵素実験(インビトロ)とコンピュータ上でのシミュレーション(インシリコ)を組み合わせた研究を行いました。
α-グルコシダーゼは小腸の壁(刷子縁)に存在し、炭水化物を分解してブドウ糖を作り出す酵素です。食後の血糖値上昇はこの酵素の働きに左右されるため、酵素の働きを抑える薬(アカルボースなど)が2型糖尿病の治療に使われています。ただしこれらの薬は、腸内で分解されない炭水化物が増えることによる腹部膨満感や下痢といった副作用が知られており、より副作用の少ない天然由来の代替候補を探す研究が続けられています。
抽出物の阻害力は既存薬の450倍という結果に
研究チームはまず、P. odorataの葉をメタノールで抽出した試料を使い、酵母由来のα-グルコシダーゼ(人の酵素と同じ反応を触媒することからよく使われる実験系)に対する阻害活性を調べました。その結果、抽出物の阻害活性はIC50(酵素の働きを半分に抑えるのに必要な濃度)で0.31マイクログラム/ミリリットルとなり、比較対象とした医薬品アカルボース(IC50は139.47マイクログラム/ミリリットル)よりも実験条件下で450倍强い値を示しました。さらに酵素反応の詳しい解析(ラインウィーバー・バークプロットという手法)から、この抽出物はアカルボースのように酵素の基質結合部位を直接ふさぐ「競合阻害」ではなく、酵素の別の場所に結合して働きを弱める「非競合阻害」というタイプで作用していることが示されました。実際、抽出物の濃度を上げても酵素と基質の結合しやすさ(Km値)はほとんど変わらず、反応の最大速度(Vmax値)だけが下がる様子が確認されています。
44種類の候補成分から、フラボノイド2種が有力候補に
次に研究チームは、これまでの報告からP. odorataに含まれることが分かっている44種類の化合物(フェノール性物質23種、精油成分21種)を対象に、コンピュータ上でα-グルコシダーゼのどこに、どれくらい強く結合しうるかを予測する「分子ドッキング」解析を行いました。このうちフェノール性物質7種(クロロゲン酸、シナピン酸、カフェ酸、没食子酸、プロトカテク酸、ルチン、ケルセチン)は、研究チーム自身がP. odorataの抽出物から機器分析(HPLC-DAD-MS)で実際に検出した成分です。解析の結果、フラボノイドに分類される「プロシアニジンB」と「ルチン」の2つが、アカルボースを含む他のすべての候補よりも結合エネルギーの低い(=結合しやすいと予測される)成分として浮かび上がりました。さらに500ナノ秒という長時間のシミュレーション(分子動力学計算)でも、この2つの成分と酵素との結合状態は安定して維持されることが確認されています。加えて、コンピュータ予測による毒性評価(ADMET解析)では、この2成分は変異原性やAmes試験陽性などの毒性は「なし」と予測され、低毒性の阻害剤としての条件を満たすと判定されました。一方で、分子量や水素結合の数など薬物になりやすさの目安となる「リピンスキーの法則」には、この2成分もアカルボース同様に適合しない項目があり、腸からの吸収がよくない可能性も指摘されています。ただし著者らは、これらの成分が狙う酵素自体が腸の壁面にあるため、吸収されにくいことが直ちに効果の妨げになるとは限らないとも述べています。
この研究をどう読むか
今回の結果は、あくまで酵母由来の酵素を使った試験管内実験と、コンピュータによる予測計算にとどまるものです。著者らは、酵母・ラット・ヒトのα-グルコシダーゼはサイズやアミノ酸配列が異なるため、抽出物がヒトの体内でも同様に働くかを確かめるには、ラットやヒト由来の酵素、さらには細胞を使った実験が別途必要だと述べています。また、分子動力学シミュレーションは各成分について1回ずつしか行われておらず、結果の統計的な頑健性を高めるには追加のシミュレーションが望ましいとも記しています。さらに、今回有望とされたプロシアニジンBとルチンについても、植物から実際に単離した純粋な成分を使った実験的な検証が今後必要だと結論づけています。P. odorataは東南アジア各国で食用とされてきた植物ですが、今回の研究に日本の食品や研究機関に関する記述は含まれていません。
今回の研究は、P. odorataという食用植物が食後高血糖の管理に役立つ可能性を示す基礎データを提供するものであり、著者らもこの研究が今後の実験的検証のための土台になるとしています。特定の成分やハーブが糖尿病の予防・治療に直接効果があると確定づけるものではなく、一つの基礎研究としての成果である点には留意が必要です。
著者:Muhammad Subhan(Graduate School in Pharmaceutical Chemistry and Natural Products, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Khon Kaen University, Khon Kaen 40002, Thailand)、Kamonpan Sanachai(Department of Biochemistry, Faculty of Sciences, Khon Kaen University, Khon Kaen 40002, Thailand)、Bodee Nutho(Department of Pharmacology, Faculty of Science, Mahidol University, Bangkok 10400, Thailand)、Juthamat Ratha(Melatonin Research Group, Khon Kaen University, Khon Kaen 40002, Thailand)、Pimolwan Siriparu(Melatonin Research Group, Khon Kaen University, Khon Kaen 40002, Thailand)、Suthida Datham(Melatonin Research Group, Khon Kaen University, Khon Kaen 40002, Thailand)、Benjamat Bangthong(Melatonin Research Group, Khon Kaen University, Khon Kaen 40002, Thailand)、Tanit Padumanonda(Division of Pharmacology and Toxicology, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Khon Kaen University, Khon Kaen 40002, Thailand)、Bunleu Sungthong(Integrative Pharmaceuticals and Innovation of Pharmaceutical Technology Research Unit, Faculty of Pharmacy, Mahasarakham University, Maha Sarakham 44150, Thailand)、Ploenthip Puthongking(Division of Pharmaceutical Chemistry, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Khon Kaen University, Khon Kaen 40002, Thailand)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Muhammad Subhan, Kamonpan Sanachai, Bodee Nutho, et al. Exploring the α-Glucosidase Inhibitory Activity of Bioactive Compounds from Persicaria odorata (Lour.) Extracts via Integrated In Vitro and In Silico Studies. インターナショナル・ジャーナル・オブ・モレキュラー・サイエンシズ (2026). DOI: 10.3390/ijms27156885. 原著ライセンス: cc-by.