年齢の割に体が老けている、あるいは若々しい——こうした「生物学的な老化の進み具合」を血液のDNAメチル化パターンから推定する手法が「エピジェネティック時計」です。近年はこの手法を使い、生活習慣が老化速度にどう影響するかを調べる研究が増えています。今回紹介する研究では、酸化ストレスの代表的な原因である喫煙と、抗酸化物質を豊富に含む地中海式食事という、正反対の性質を持つ二つの要因を組み合わせて、エピジェネティック時計がどこまで環境の影響を鋭敏に捉えられるかが検討されました。研究チームにはインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者らが名を連ねています。
928人のデータで11種類の「老化時計」を比較
解析対象は、英国の警察職員を対象とした大規模健康調査「Airwave Health Monitoring Study」の参加者のうち、DNAメチル化データと食事データの両方がそろった928人(平均年齢41歳、男性59%)です。食事の記録は7日間の秤量式食事日記により収集され、果物・野菜・豆類・魚・ナッツ・全粒穀物といった健康的とされる食品群と、赤肉や乳製品などの摂取量、さらに適度な飲酒や一価不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の比率(オリーブオイル摂取の指標とされる)をもとに、0〜10点の「地中海式食事スコア(MDS)」が算出されました。喫煙については、自己申告による喫煙状況(現在喫煙者・過去喫煙者・非喫煙者)に加え、血液中のニコチン代謝物であるコチニン濃度、そして禁煙者については禁煙からの経過年数も測定され、複数の指標で裏付けが取られています。
老化の指標としては、Horvath、Hannum、PhenoAge、GrimAge、DNAmTL、Bernabeu、DunedinPACE、EpiTOC、AdaptAge、DamAge、CausAgeという11種類のエピジェネティック時計が用いられました。これらは開発された世代や設計思想が異なり、単純に実年齢を予測するように作られた第一世代のもの(HorvathやHannumなど)から、死亡リスクや老化の進行速度そのものを捉えようとする後発の時計(GrimAgeやBernabeu、DunedinPACEなど)まで幅があります。GrimAgeとBernabeu時計は、喫煙年数(パックイヤー)を含む複数の生体指標のDNAメチル化上の代理指標を組み込んで死亡リスクを予測するように設計されている点が特徴です。
喫煙で老化が加速、地中海食でその程度がやや小さくなる傾向
解析の結果、地中海式食事スコアが高いほど、GrimAgeとBernabeu時計で測った老化の加速度が低い傾向が、多重検定の補正後も統計的に有意な形で確認されました(GrimAge:1標準偏差あたりβ=−0.07、95%信頼区間−0.13〜−0.01/Bernabeu:β=−0.08、95%信頼区間−0.14〜−0.02)。この関連には特に果物・野菜・全粒穀物の摂取量が寄与している様子がうかがえました。DunedinPACEやDNAmTLなど他の時計でも同方向の傾向は見られましたが、補正後には統計的な有意性が確認できませんでした。
一方、喫煙は複数の時計で明確に老化の加速と関連していました。特にGrimAge、Bernabeu、DunedinPACEでその関連が強く、現在喫煙者は非喫煙者と比べてGrimAgeで1.56標準偏差、Bernabeuで1.41標準偏差、DunedinPACEで0.69標準偏差、それぞれ老化加速度が高いという結果でした。血中コチニン濃度が高いほど老化加速度も高くなる用量依存的な関連も見られ、禁煙からの経過年数が長い元喫煙者ほど老化加速度が低い傾向も確認されています。
本研究の主眼である「食事と喫煙の相互作用」については、現在喫煙者を地中海式食事スコアの高低で分けて比較したところ、スコアが低い群ではGrimAgeの老化加速度が1.79標準偏差(95%信頼区間1.54〜2.04)だったのに対し、スコアが高い群では1.35標準偏差(95%信頼区間1.01〜1.68)と、やや小さい値にとどまりました(交互作用のp値<0.001)。同様の傾向はBernabeu時計でも見られました。個別の食品群で見ると、果物・野菜・全粒穀物の摂取が多いことが、この緩和傾向に最も寄与していたとされています。なお、この緩和効果はDunedinPACEでは統計的に確認されませんでした。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
研究チームは、この結果について「地中海式食事がタバコのリスクを打ち消す」という意味ではないと強調しています。あくまで、GrimAgeやBernabeuといった特定の後発世代のエピジェネティック時計が、有害な曝露と保護的な生活習慣という相反する要因の間の「せめぎ合い」を鋭敏に検出できることを示した、という位置づけです。実際、第一世代のHorvathやHannum、あるいは遺伝的な因果推論に基づいて開発されたAdaptAge・DamAge・CausAgeといった時計では、喫煙や食事との明確な関連は確認されませんでした。時計によって感度が大きく異なる点は、この研究の重要な知見の一つです。
本研究は横断解析であるため、食事や喫煙とエピジェネティックな老化加速との間に因果関係があるとまでは言えません。また、食事調査には申告漏れなどのバイアスが生じうるため、著者らはGoldberg法という基準でエネルギー摂取の申告の妥当性を検証しており、過小申告者と適切な申告者との間で主要な時計の値に大きな差は見られなかったとしています。対象者は英国の警察職員という職域集団であり、平均年齢41歳という比較的若い集団である点も、結果を一般化する際に留意すべき点です。
ここで得られた知見は一つの横断研究によるものであり、地中海式食事が喫煙による健康被害を防いだり老化そのものを防止したりすることを証明するものではありません。エピジェネティック時計という比較的新しい測定手法の可能性と限界を示した研究として捉えるのが適切です。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Azaan Rehan Zaki, Chung‐Ho E. Lau, Rebeca Eriksen, et al. The role of Mediterranean diet adherence, smoking and their interactions in epigenetic age acceleration: A cross-sectional analysis of the Airwave cohort. ジャーナル・オブ・ニュートリション・ヘルス・アンド・エイジング (2026). DOI: 10.1016/j.jnha.2026.100964.