この研究は、ルーマニアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
ロバの乳は、脂肪とカゼイン(乳に含まれるたんぱく質の一種)が少なく、乳糖が多いなど、人の母乳に似た成分の組み合わせを持つとされます。リゾチーム(細菌の細胞壁を分解する働きを持つたんぱく質)などの生理活性成分を含み、免疫に関わる働きが注目されてきました。しかし著者らは、実際に食品素材として使うには大きな制約があると指摘します。生産量が限られ、季節によって入手しにくく、傷みやすいため冷蔵での保管と輸送に頼らざるを得ないからです。
そこで考えられるのが、液体の乳を粉末に変える方法です。粉末にすれば保存が安定し、流通させやすく、特別な用途の食品やサプリメントに配合しやすくなります。ただし著者らは、こうした技術的な利点が意味を持つのは、水に戻した製品が元の乳と同じ生物学的な性質を保っている場合だけだと述べています。これまでの研究の多くは、成分の量や粉末の物性、特定のたんぱく質がどれだけ残るかを測るものでした。著者らによれば、成分が保たれていることは、体の中での働きが保たれていることを必ずしも示しません。生乳と、噴霧乾燥した乳を水に戻したものを、生きた動物で直接比べた証拠は限られていました。本研究は、噴霧乾燥がロバ乳の体内での働きを保つかどうかを確かめることを目的としています。
何をどのように調べたか
噴霧乾燥とは、乳を細かい霧状にして熱風の中に噴き、水分を素早く飛ばして粉末にする方法です。この研究では、ルーマニア西部の農場で健康な25頭のメスのロバから一度にまとめて搾った乳を使いました。同じ乳を二つに分け、一方はそのまま生乳として、もう一方は入口の空気温度160度、出口70度の条件で噴霧乾燥して粉末にしました。粉末は投与直前に水で戻し、乾燥前の乳と同じ濃さになるよう調整したため、同じ量を与えれば同じ量の乳固形分が入ることになります。
実験動物には、生後6週のメスのウサギ45匹を使いました。ウサギは3群に分けられ(各15匹)、すべての群に同じ市販の飼料を与えたうえで、ワクチンを1回接種して免疫に同じ刺激を与えました。ここでのワクチン接種は病気の予防を調べるためではなく、すべての個体に揃った免疫の刺激を与えるための手段として使われています。その翌日から4週間にわたり、1群は生乳を、1群は水に戻した粉末乳を、それぞれ1日2mLずつ与えました。残りの1群は乳を与えない対照群です。接種前と、その後1週おきに計5回、血液を採り、血液中のリゾチームと総免疫グロブリン(抗体の総量)の変化を追いました。あわせて血液の生化学的な指標と血球の状態も調べ、複数の指標をまとめて比較する統計手法も用いています。実験計画は所属大学の倫理委員会の承認を受けています。
報告された主な結果
リゾチームは、1週目にいったん下がったあと、乳を与えた二つの群で段階的に上昇し、対照群は比較的横ばいでした。4週目の時点で、上昇幅は開始時と比べて生乳群で29.4%、粉末乳群で33.1%と報告されています。期間全体の累積の反応は両群でほぼ同じで、統計的に同等と判定されました。著者らは、この血液中のリゾチームの増加は、乳に含まれるリゾチームがそのまま血液に入ったことを示すものではなく、動物自身の免疫細胞による産生の反応と解釈すべきだと述べています。
総免疫グロブリンは、接種後の2週間はすべての群で下がり、その後回復しましたが、乳を与えた二つの群では回復が早く現れました。4週目の値は生乳群で31.31mg/mL、粉末乳群で28.92mg/mL、対照群で23.04mg/mLでした。二つの乳の平均的な推移はよく一致していましたが、個体ごとのばらつきが大きく、同等性の判定に必要な精度には届かなかったと報告されています。著者らは、これは二つの製品が明確に違うという証拠ではなく、判定の精度が足りなかったことを意味すると説明しています。また、測ったのはワクチンに対する特定の抗体ではなく血液中の抗体の総量であるため、ワクチンへの抗体反応が強まったとは解釈できないとも述べています。
血液の生化学的な指標では、時間とともに変化した項目がいくつかありましたが、肝臓・腎臓・脂質・たんぱく質の代謝が損なわれたことを示すような、関連する指標がそろって動くパターンは見られませんでした。多くの変化は対照群にも共通しており、著者らは成長にともなう生理的な適応と考えられると述べています。血球の検査では、赤血球数やヘモグロビンなど主要な指標に群間の差はなく、乳を与えた群では好中球の割合が下がりリンパ球の割合が上がるという、白血球の構成の穏やかな変化が見られました。複数の指標をまとめて解析すると、生乳群と粉末乳群は互いに近く、対照群から分かれる形になりました。ただし、個々の指標同士の関係の構造については、保たれ方は全体の反応パターンほど強くなかったと報告されています。
この研究が示すこと
著者らの結論は、水に戻した噴霧乾燥ロバ乳が、生乳で見られた主要な生物学的反応をおおむね保っていた、というものです。とくに注目されるのは、先行研究で噴霧乾燥後のリゾチーム活性が生乳の約58%にとどまると報告されていたのに対し、本研究では体内での反応が両者で同等だったという点です。著者らはここから、個々のたんぱく質に部分的な変化が生じても、乳全体としての働きが同じ割合で失われるとは限らないと述べています。
つまりこの研究は、粉末製品の品質を成分の量だけで判断することの限界を示すとともに、生きた動物で反応そのものを比べるという評価の道筋を示しています。ロバ乳を安定した形で扱える素材として位置づけていくうえで、加工が働きを保ちうることを示した一つの実験報告といえます。
著者:Ana-Maria Plotuna(Faculty of Veterinary Medicine, University of Life Sciences “King Mihai I”, Calea Aradului, No. 119, 300645 Timisoara, Romania)、I. Hotea(Faculty of Veterinary Medicine, University of Life Sciences “King Mihai I”, Calea Aradului, No. 119, 300645 Timisoara, Romania)、Kálmán Imre(Faculty of Veterinary Medicine, University of Life Sciences “King Mihai I”, Calea Aradului, No. 119, 300645 Timisoara, Romania)、Viorel Herman(Faculty of Veterinary Medicine, University of Life Sciences “King Mihai I”, Calea Aradului, No. 119, 300645 Timisoara, Romania)、I. Nichita(Faculty of Veterinary Medicine, University of Life Sciences “King Mihai I”, Calea Aradului, No. 119, 300645 Timisoara, Romania)、Ionela Popa(Faculty of Veterinary Medicine, University of Life Sciences “King Mihai I”, Calea Aradului, No. 119, 300645 Timisoara, Romania)、Mihai Ioan Pop(Department of Biotechnologies in Pharmaceutical Industry, Faculty of Biotechnologies, University of Agronomic Sciences and Veterinary Medicine of Bucharest (USAMV Bucharest), 59 Mărăști Blvd, Sector 1, 011464 Bucharest, Romania)、Emil Tîrziu(Faculty of Veterinary Medicine, University of Life Sciences “King Mihai I”, Calea Aradului, No. 119, 300645 Timisoara, Romania)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ana-Maria Plotuna, I. Hotea, Kálmán Imre, et al. Comparative Evaluation of the Functional and Immunomodulatory Properties of Raw and Spray-Dried Donkey Milk. Foods 2026-09-15. DOI: 10.3390/foods15183256. 原著ライセンス:CC BY.