この研究は、スペインの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Journal of Food Measurement & Characterization
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:トマトの皮という副産物を活かす
トマトやスイカなどに多く含まれるカロテノイドは、果実や野菜の黄・橙・赤の色のもとになる色素です。著者らによれば、これらの成分は抗酸化作用をもち、一部はビタミンAの前駆体でもあります。ただし分子の構造上、光・高温・酸・酸素・金属・ラジカルに非常に弱く、異性化や酸化によって生物学的な活性を失った化合物に変化してしまうという弱点があります。
論文は、この弱点を補う手段として「マイクロカプセル化」に注目しています。カプセルの壁材が外部要因との接触を防ぐことで、成分の安定性を保てるという考え方です。カロテノイドの供給源として著者らが選んだのは、トマト加工で大量に発生する副産物である「皮」でした。皮はリコペンをはじめとするカロテノイドに富むものの、従来の研究の多くは果肉からの抽出に注目してきた、と論文は述べています。
抽出の方法にも工夫があります。カロテノイドは脂溶性のため、従来はメタノールや石油エーテルなどの有機溶媒が使われてきましたが、毒性や環境面の問題、食品に使う前に溶媒を除く必要があるといった制約があります。そこで本研究では、食品として使えるオリーブオイルを抽出媒体として用いました。これなら追加処理なしに食品へ直接組み込める、というのが著者らの説明です。そのうえで本研究が掲げた主な目的は、どの「壁材」を使うとエマルション(乳化液)とマイクロカプセルの品質がどう変わるのかを、系統的に比較することでした。
何を、どう調べたか
まず著者らは、トマトの皮からの抽出条件を予備実験で決めました。乾燥させた皮のほうが生の皮より抗酸化能が高く、抽出時間を24時間に延ばしても改善しなかったため、40℃で乾燥させた皮を1時間抽出する方法が選ばれました。また、オリーブオイルに対する皮の比率を上げるほど抗酸化能が高まったことから、2.5対1(重量:体積)の比率が採用されています。
こうして得られた油状の抽出物について、著者らはカロテノイド量を1グラムの油あたり257.41 µg(リコペン換算)、抗酸化能を1グラムの油あたり3.89 µmol(トロロックス換算)と報告しています。論文はこれを、有機溶媒の混合物を用いた先行研究の値より高く、単一の有機溶媒を使った場合と同程度だとしています。抗酸化能が高めに出た理由としては、オリーブオイル自体がもつ抗酸化能が寄与し、油が抽出媒体であると同時にカロテノイドを守る脂質のマトリックスとしても働いたためではないか、と考察されています。
次に、この抽出物を6種類の壁材と組み合わせてエマルションを作り、噴霧乾燥(スプレードライ)という手法で粉末のマイクロカプセルにしました。噴霧乾燥は、有効成分と壁材を混ぜた液体を熱風中に噴霧して一気に粉末化する方法で、簡便で拡張しやすく、有機溶媒を使わない点が利点とされます。比較された壁材は、多糖であるマルトデキストリン(MD)、マルトデキストリンとキトサンの組み合わせ(MDCH)、エンドウ豆タンパク質(PP)、大豆タンパク質(PS)、カゼインナトリウム(SC)、そしてカゼインナトリウムに酵素トランスグルタミナーゼを加えたもの(SCTG)の6通りです。タンパク質は水にも油にもなじむ性質をもつため乳化液を安定させやすく、酵素は壁材どうしの架橋を進めて保護を高めうる、というのが選択の背景でした。乾燥条件はすべての配合で同一に保ち、壁材そのものの違いを比べられるようにしています。
エマルションについてはpH・密度・粘度・クリーミング指数(放置後に上部へ分離してくるクリーム層の割合で、値が小さいほど安定)を、得られた粉末については収率・水分・水分活性・色・溶解性・流動性・カプセル化効率・脂質酸化・カロテノイド量・抗酸化能・微細構造・粒子径などを測定しました。各カプセルは独立した3回の製造ロットで作られ、各ロットを3回ずつ分析しています。
主な報告結果:壁材ごとに性質が大きく分かれた
エマルションの段階から、壁材による違いははっきり現れました。pHは、キトサンを酢酸溶液で溶かして加えたMDCHが3.98と最も低く、リン酸緩衝液で調製したタンパク質系(PP、PS、SC、SCTG)は6.8〜7.1付近でそろいました。密度は、固形分の多いマルトデキストリン系(MD、MDCH)がタンパク質系より高い値を示しています。粘度はSCTGが32.14 cpsで最も高く、著者らはトランスグルタミナーゼがタンパク質を「のり」のようにつなぐ働きによるものと説明しています。
安定性の指標であるクリーミング指数は、SCTG(0.44)とMD(2.778)が最も低く、つまり最も安定していました。一方、MDCHは12.44と最も高い値でした。一般に粘度が高いほど液滴どうしが出会いにくく安定する関係がありますが、MDCHは粘度も指数も高いという例外で、著者らはレシチンとキトサンの比率が関係している可能性を挙げています。なお、エンドウ豆タンパク質のエマルションは2日目に沈殿が生じたためクリーミング指数を測定できず、この配合は調製後すぐに噴霧乾燥するか冷蔵する必要があることが示されたとしています。
粉末化の段階では、収率に有意な差がありました。最も高かったのはSC(68.87%)とPP(65.23%)で、最も低かったのはMDCH(40.16%)とSCTG(40.32%)です。単一の壁材を使った配合のほうが収率が高い傾向があり、粘度の高いエマルションほど収率が低いという先行研究と同じ関係が本研究でも観察された、と論文は述べています。
粉末の水分は1.8〜3.5%、水分活性はいずれも0.35未満で、これらの項目には壁材による有意な差は認められませんでした。著者らは、この水準が食品用の乾燥粉末として適切な範囲であり、微生物の増殖を防いで保存安定性を保つうえで問題のない値だとしています。一方、水への溶けやすさを表す溶解指数は壁材で大きく分かれ、PPが53.40%と最も高く、SC(3.29%)、SCTG(3.47%)、MDCH(6.89%)は低い値でした。溶解性はカプセルをどの食品に混ぜられるかを左右する性質であり、用途に応じた選択が必要になることを示す結果です。
この研究が示すこと
この研究が伝えているのは、これまで十分に活用されてこなかったトマトの皮から、食品にそのまま使えるオリーブオイルを媒体としてカロテノイドを取り出し、粉末として安定した形に整える道筋が具体的に描けるということです。
同時に、「どの壁材が最良か」という問いに唯一の答えはないことも示されました。エマルションの安定性、乾燥時の収率、水への溶けやすさといった性質は壁材ごとに異なる方向へ振れ、ある面で優れた配合が別の面では不利になる場合があります。著者らが同一条件で6種類を並べて比べたことの意味は、こうした得失の地図を示した点にあります。用途に応じて壁材を選ぶための、実際的な手がかりを与える研究だといえます。
著者:Abraham Pajuelo(Instituto Universitario de Investigación de Carne y Productos Cárnicos (IProCar), Facultad de Veterinaria, Universidad de Extremadura, Avda de las Ciencias s/n, Cáceres, 10003, Spain)、Antequera Teresa(Instituto Universitario de Investigación de Carne y Productos Cárnicos (IProCar), Facultad de Veterinaria, Universidad de Extremadura, Avda de las Ciencias s/n, Cáceres, 10003, Spain)、Folgado Carlos(Instituto Universitario de Investigación de Carne y Productos Cárnicos (IProCar), Facultad de Veterinaria, Universidad de Extremadura, Avda de las Ciencias s/n, Cáceres, 10003, Spain)、Morcuende David(Instituto Universitario de Investigación de Carne y Productos Cárnicos (IProCar), Facultad de Veterinaria, Universidad de Extremadura, Avda de las Ciencias s/n, Cáceres, 10003, Spain)、Perez-Palacios Trinidad(Instituto Universitario de Investigación de Carne y Productos Cárnicos (IProCar), Facultad de Veterinaria, Universidad de Extremadura, Avda de las Ciencias s/n, Cáceres, 10003, Spain)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Abraham Pajuelo, Antequera Teresa, Folgado Carlos, et al. Influence of wall material selection on the microencapsulation of olive oil-extracted carotenoids from tomato peel. Journal of Food Measurement & Characterization 2026-08-27. DOI: 10.1007/s11694-026-04864-z. 原著ライセンス:CC BY.