この研究は、イタリアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Genetic Resources and Crop Evolution
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: Crossref
なぜ在来トマトの「中身」を調べたのか
トマトは世界で最も経済価値の高い野菜作物とされ、論文はFAOSTATの数値として2024年の総生産額が1360億米ドル、栽培面積が約510万ヘクタール、生産量が1億8800万トン超であると紹介しています。南欧は二次的な多様化の中心地とされ、イタリアでは気候や文化の違いを背景に、果実の形や用途が異なる多数の在来品種(ランドレース)が農家によって選抜されてきました。
著者らが取り上げた『ソレント・トマト』(Pomodoro di Sorrento、以下PS)は、イタリア南部ソレント半島に由来し、ヴェスヴィオ周辺やアグロ・サルネーゼ=ノチェリーノ地域でも伝統的に栽培されてきた、生食用(サラダ用)の多室性トマトです。果実は大きく縦横がほぼ同じ形で、果皮の色素を欠く変異(y)によって特徴的なピンク色を帯びます。食味の評価が高く、消費者が現代の市販品種より高い価格を払う場合もあることが報告されています。
著者らが問題としたのは、ヨーロッパの在来トマト間の違いを比べた研究は多い一方で、「同じ在来品種の中にどれだけ差があるか」を調べた例が少ない点です。品種内部の変異を把握することは、その在来品種を他と明確に区別し、原産地呼称保護(PDO)や地理的表示保護(PGI)といったEUの品質・真正性を保証する表示を得るためにも重要だと述べられています。そこで本研究は、形態・農業的性能・品質の各形質を通じてPSの品種内の表現型多様性を明らかにし、(i)参照品種との比較による品種としての表現型的な同一性の確立、(ii)PS集団内の変異の構造の解明、(iii)保全・価値化・将来の育種を支える重要形質、有望系統、判別モデルの特定を目的としました。
何をどう調べたか
著者らは2020年、イタリア・バッティパーリアのビニールハウスで栽培試験を行いました。比較したのはPSの10系統(9系統は地元農家から収集、1系統は種苗会社由来)と、イタリア市場で広く流通する3つの参照在来品種(クオーレ・ディ・ブーエ、ペラ・ディ・アブルッツォ、ペラ・ダルベンガ)です。乱塊法により3反復を設け、各区画に10株を植えて、6月から8月にかけて10回の収穫を行いました。
測定した形質は幅広く、株の高さや第1〜4花房ごとの着果数といった植物側の形質、総収量・出荷可能収量・出荷不可能収量、果実の横径と縦径とその比、裂果の割合、子室数、果肉の充実度、果皮(果壁)の厚さといった果実形態、さらに果色の指標、乾物率、可溶性固形分、滴定酸度、グルコースとフルクトース、甘味の総合指標、抗酸化活性(脂溶性と水溶性の2種の測定法)などの品質形質が含まれます。得られたデータは分散分析による系統間比較に加え、多数の形質をまとめて眺めるための主成分分析、似た系統をまとめる階層的クラスター分析、そしてグループを最もよく分ける形質を選び出す判別分析にかけられました。判別モデルの安定性は、1個体ずつ抜いて検証する交差検証(leave-one-out)で確かめられています。
報告された主な結果
まず、PSは参照品種と明確に異なる特徴の束をもっていました。果実は平均してかなり大きく、PSの平均一果重は265.08グラム、参照品種は209.29グラムだったと報告されています。果実の横径と縦径の比はPSを縦長のペラ・ダルベンガ(0.92)からはっきり分け、甘味の総合指標もPSの平均(3.78 g/100 g生重)が参照3品種の平均(3.45)を上回りました。一方で裂果はPSで平均19.49%と多く、脂溶性画分の抗酸化活性は参照品種より低い傾向でした。主成分分析では4つの成分が全分散の76.98%を説明し、果実形態と品質の形質がPSと参照品種を主に分けていました。
次に、PS集団の内部にも意味のある差が残っていました。収穫初期の株高は126.25センチメートル(PS06)から158.08センチメートル(PS01)まで幅があり、花房ごとの着果数の変動係数は第2〜4花房で36〜43%と大きい一方、第1花房では21.88%にとどまりました。着果数は第1花房から第4花房へ向かって減る傾向(平均4.56→2.14→2.00→1.63個)が見られました。収量が高かったPS02(総収量4143.87 g/株)とPS05(4157.23 g/株)は、着果数が少ないにもかかわらず一果重が最も大きく(365.53グラムと333.13グラム)、一果重と総収量には正の相関(ρ=0.76)が認められました。品質面では、PS01とPS09が乾物率・可溶性固形分・糖含量で高い値を示しています。ただし著者らは、これらの品種内変異は品種間の差よりはるかに小さいと述べています。
階層的クラスター分析は6つのクラスターを見いだし、PS集団内部の距離は参照品種間の距離より小さいことを示しました。さらに判別分析では、可溶性固形分、pH、果色のa*/b*比、グルコースの4形質が最も判別力の高い変数として選ばれ、得られた2つの判別関数(固有値4.82と2.57)は統計的に有意で、交差検証後も元のグループの100.0%を正しく分類したと報告されています。著者らは、ハウス内に送粉昆虫を入れなかったこと(自然な自家受粉下で系統の性能を評価し、採種を保つためと説明)が、花房間・系統間の着果差を一部強めた可能性にも触れています。
この研究が示していること
著者らの結論は、詳細な表現型の記述が、分子マーカーによる解析を補いながら在来品種の多様性を読み解く有力な方法であり続けるというものです。SNPマーカーは品種としての独自性を示すには適するが、品種内部の多様性の広がりをとらえるには十分でないと論じられています。
本研究で示されたのは、『ソレント・トマト』が参照品種とは区別できるひとまとまりの特徴をもちながら、その内側にもなお識別可能な差が残っているという姿です。著者らは、こうした情報がコレクションの重複を減らす保全、新たに集められた系統の分類、そして望ましい農業形質や品質形質をもつ系統を見つけて育種や価値化に生かすうえで役立つと位置づけています。
著者:Andrea Burato(Consiglio per la Ricerca in Agricoltura e l’analisi dell’economia Agraria (CREA), Centro di Ricerca Orticoltura e Florovivaismo, Via Cavalleggeri 51, 84098, Pontecagnano Faiano, Italy)、Antonio Di Matteo(Department of Agricultural Sciences, University of Naples “Federico II”, Piazza Carlo di Borbone, 1, 80055, Portici, Italy)、Giulia Graziani(Department of Pharmacy, University of Naples “Federico II”, Via Montesano 49, 80131, Naples, Italy)、Mario Parisi(Consiglio per la Ricerca in Agricoltura e l’analisi dell’economia Agraria (CREA), Centro di Ricerca Orticoltura e Florovivaismo, Via Cavalleggeri 51, 84098, Pontecagnano Faiano, Italy)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Andrea Burato, Antonio Di Matteo, Giulia Graziani, et al. Deciphering phenotypic diversity within a tomato landrace: the ‘Pomodoro di Sorrento’ case study. Genetic Resources and Crop Evolution 2026-08-26. DOI: 10.1007/s10722-026-02881-x. 原著ライセンス:CC BY.