著者の所属・活動拠点の国は、スペインです。
掲載誌:Agronomy
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF
研究の目的:植物由来の抗菌成分を畑で効かせる
ブドウの灰色かび病は、カビの一種ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea)が果房を傷める病気です。論文によると、化学合成農薬に代わる手段として微生物を使う生物防除が研究されてきました。管理された条件では40〜85%の発病抑制が報告されています。しかし生きた微生物は紫外線や温度変化、葉の表面にいるほかの微生物との競合に弱く、畑では効果が安定しないといいます。
研究チームは、植物から得た抗菌成分を微小な「運び役」(ナノキャリア)に包む方法に注目しました。使ったのは、セイヨウアカネ(Rubia tinctorum)とキャッツクロー(Uncaria tomentosa)の抽出物です。運び役は、エビやカニの殻に由来するキトサンを短く分解したキトサンオリゴマーが土台です。ここにグラファイト状窒化炭素(g-C3N4)を組み合わせ、キャッツクロー抽出物の製剤ではヒドロキシアパタイト(リン酸カルシウムの一種)も加えました。
研究の目標は次の通りです。カビの増殖を抑える最小濃度と、包むことによる効果の上積みを調べること。収穫したブドウでの効き方を確かめること。商業ブドウ園での防除効果と収量への影響を測ること。果汁の性質とワインの風味を予備的に評価することです。
何をどう調べたか
まず、カビの増殖を完全に抑えるのに必要な最小濃度(最小発育阻止濃度、MIC)を試験管内で求めました。ナノキャリアに包んだ抽出物と、包んでいない抽出物とを比べています。次に、ブドウ品種「テンプラニーリョ」と「ベルデホ」の切り取った果房に病原菌を接種しました。そのうえでナノキャリア製剤を3段階の濃度で処理し、病気の進み方を日を追って記録しました。
畑での試験は2024年、スペインのリベラ・デル・ドゥエロ地域にある商業ブドウ園で行われました。品種はテンプラニーリョです。比較したのは6つの処理です。包んだ抽出物2種、包んでいない抽出物2種、市販のキトサン製剤、そして無処理です。各処理を4区画に割り当て、1処理あたり計40本のブドウの木を使いました。散布は果実が柔らかくなり始める時期と、収穫に適した熟期の2回です。
なお、包んだ製剤では、1ヘクタールあたりに散布した植物抽出物そのものの量が、包んでいない抽出物より少なかったと著者らは述べています。また市販キトサン製剤は、すべての処理で散布の回数と日付をそろえるため、メーカー推奨とは異なる濃度・回数・時期で使われました。このため論文では、推奨通りに使った場合の製品評価ではなく、散布時期をそろえた比較対象として位置づけられています。
主な結果
試験管内では、包んだ製剤のほうが、カビを完全に抑えるのに必要な抽出物の量が少なくて済みました。セイヨウアカネで1.8分の1、キャッツクローで6.7分の1です。
切り取った果房の試験では、濃度が高いほど効果が高いという関係が見られました。テンプラニーリョでは、最も高い濃度で両製剤とも、接種しただけの果房より病気の進行が抑えられました。一方、ベルデホでは接種しただけの果房と統計的な差はありませんでした。この試験には包んでいない抽出物が含まれていません。そのため、効果が「包んだこと」によるものかは、この試験だけでは判断できないと著者らは説明しています。
畑の試験では、収穫時の病害の重さ(重症度)に差が出ました。無処理の木は80%でした。包んでいない抽出物は40%と35%、市販キトサン製剤は37%です。これに対し、包んだ製剤は25%と18%にとどまりました。防除効果に換算すると68.9%と77.7%です。包んだ2製剤は統計的に同じグループにまとまり、包んでいない抽出物や市販キトサン製剤とは明確に分かれたと報告されています。
収量(1本あたりの果房の重さと数)には、処理による有意な差は見られませんでした。また、処理した木で葉の黄変や枯れなどの薬害症状は観察されませんでした。ただし木ごとのばらつきが大きく、小さな収量への影響を検出できるだけの統計的な力はありません。著者らは、収量が同等であることを証明したとは主張していません。
ワインは処理ごとに1ロットずつ造られました。11人(ワインの専門家5人と訓練を受けていない消費者6人)が探索的な官能評価を行っています。カビ臭や酸化臭など、灰色かび病に関連する欠陥の評価に、処理による有意な差は検出されませんでした。色調の項目には差が出ました。包んでいない抽出物2種のワインは、無処理より色の濃さが低いと評価され、機器による測定でも確認されました。一方、包んだ製剤のワインは無処理と差がありませんでした。
この研究が示すこと
著者らは、植物抽出物をキトサンオリゴマー系のナノキャリアに包むことで、灰色かび病への効果が高まったと結論づけています。根拠は、包んだ形と包んでいない形を直接比べた試験管内試験と畑の試験です。畑では、より少ない抽出物量で、より低い重症度が得られました。
一方で、畑のデータは1か所・1シーズンに限られています。ワインや果汁は処理ごとに1ロットで、統計的な推論はできません。ワイン中の残留成分の分析や製剤全体の毒性評価も行われていません。著者らは、実用には毒性、残留、環境中での行方、規制上の承認といった課題が前提として残るとしています。今回の成果は、植物由来の抗菌成分を畑で効かせる手段として、ナノキャリアに包む方法の可能性を示したものといえます。
原著論文の著者・所属:Eva Sánchez-Hernández(Department of Agricultural and Forestry Engineering, ETSIIAA, University of Valladolid, Avenida de Madrid 44, 34004 Palencia, Spain)、Javier García-Martín(Beronia Rueda (González Byass), Camino de la Peña s/n, Rueda, 47490 Valladolid, Spain; Dominio Fournier (González Byass), Finca El Pinar, Berlangas de Roa, 09316 Burgos, Spain)、Susana Luis-del Río(Centro Tecnológico Agrario y Agroalimentario (ITAGRA.CT), C.U. “La Yutera”, Avda. de Madrid, 44, 34004 Palencia, Spain)、Jesús Martín-Gil(Department of Agricultural and Forestry Engineering, ETSIIAA, University of Valladolid, Avenida de Madrid 44, 34004 Palencia, Spain)、José Casanova-Gascón(Instituto Agroalimentario de Aragón—IA2 (CITA-Universidad de Zaragoza), EPS, Universidad de Zaragoza, Carretera de Cuarte s/n, 22071 Huesca, Spain)、Pablo Martín-Ramos(Department of Agricultural and Forestry Engineering, ETSIIAA, University of Valladolid, Avenida de Madrid 44, 34004 Palencia, Spain)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Eva Sánchez-Hernández, Javier García-Martín, Susana Luis-del Río, et al. Nanoencapsulation of Plant-Derived Antifungals in Chitosan Oligomer Carriers Reduces Gray Mold Severity in ‘Tempranillo’ Vineyards: Field Efficacy and Preliminary Wine Sensory Assessment. Agronomy 2026-09-19. DOI: 10.3390/agronomy16181847. 原著ライセンス:CC BY.