お酢は原料を微生物が発酵させてできる発酵食品ですが、発酵の過程でどの微生物がどの香り成分や機能性成分を生み出しているのかは、実はまだ十分に解明されていません。今回紹介する研究では、中国浙江省の伝統的な米酢である「浙江玫瑰酢(ぎょくえいばらす)」を対象に、発酵中の微生物の移り変わりと風味成分の変化を、複数の分析手法を組み合わせて追跡しています。
研究を行ったのは、Zhejiang Gongshang University(浙江工商大学)食品科学・生物工学部と、Zhejiang A&F University(浙江農林大学)食品健康学部に所属する研究者たちです。
どうやって調べたのか
研究チームは、発酵の進行に伴う微生物の種類の変化を調べるためにアンプリコンシークエンシング(微生物のDNA配列を網羅的に読み取る手法)を用いました。あわせて、香りに関わる揮発性成分の分析にはGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析)とGC-IMS(ガスクロマトグラフィーイオン移動度分析)を、酸や機能性成分といった不揮発性成分の分析にはUHPLC-MS/MS(超高速液体クロマトグラフィー質量分析)を用いています。これら複数のデータを組み合わせて、微生物と化学成分の関係を統計的に結びつける「マルチオミクス」という手法で解析が行われました。
発酵中に何が起きているのか
解析の結果、発酵の過程ではAcetobacter(酢酸菌の一種)、Lactobacillus(乳酸菌の一種)、Saccharomyces(酵母の一種)、Monascus(紅麹菌)という4つの微生物グループが優勢を占めながら移り変わっていくことが確認されました。同時に、揮発性の香り成分の構成も発酵段階に応じて動的に変化し、有機酸などの不揮発性成分が蓄積していくことも観察されており、これには分岐鎖アミノ酸の代謝が大きく関わっていると報告されています。
さらに、微生物と化学成分のデータを統合した解析では、いくつかの具体的な結びつきが示されています。発酵初期にはSaccharomycesとAcetobacterの働きがエステル類や酸類の基本的な構成を形作っている一方、Monascusおよびpseudomonas属の菌はアセトイン(風味に関わる成分の一つ)の蓄積に関与していると示唆されました。また、Lactobacillusおよびmonascusの存在量はフラボノイド(ポリフェノールの一種)の蓄積と強く関連しており、これが玫瑰酢の抗酸化能の背景にある可能性が指摘されています。
この研究をどう読むか
この研究は、浙江玫瑰酢という特定の伝統発酵酢を対象に行われた一つの研究であり、ここで見られた微生物と成分の関連は、あくまで統計的な相関関係として示されたものです。著者らは、こうした知見が発酵食品の品質管理に応用できる基礎的な化学的・統計的裏付けになりうるとしていますが、フラボノイド蓄積と抗酸化能との関係についても、実際に健康影響を証明したものではなく、成分どうしの関連が示唆されたという段階にとどまる点には注意が必要です。今回の情報の範囲では、日本の食品や食習慣との直接的な関連については触れられていません。
まとめ
今回の研究では、伝統的な発酵酢の風味や機能性成分がどのように形成されるかについて、微生物の遷移と化学成分の変化を突き合わせることで、その関連性の一端が見えてきました。発酵食品の奥深さを支える微生物と化学の関係を紐解く試みとして、今後の研究の広がりが注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Guoli Chang, Shenchenyu Zhang, Xinpei Wang, et al. Multi-omics profiling and correlation analysis of microbial succession and dynamic flavor formation in Zhejiang rosy vinegar. フード・ケミストリー:エックス (2026). DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104273. 原著ライセンス: cc-by-nc-nd.