著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Food Chemistry: X
ライセンス: CC BY-NC 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
中国南西部などで作られてきた発酵酸肉(発酵させた豚肉料理)には、独特の香りがあります。食べ慣れない人には「かすかに異臭がする」と感じられることもある一方で、好んで食べる人には「美味しい」と評価される、不思議な食品です。この一見矛盾した感覚がどのような化学的・微生物的なプロセスから生まれるのかは、これまで十分に解き明かされていませんでした。今回、河南農業大学の研究グループが、発酵の進み方に応じて酸肉の中で何が起きているのかを、複数の分析手法を組み合わせて詳しく調べた研究を発表しました。
この研究では、微生物群集の解析、香り成分を網羅的に調べるフレーバーオミクス、特定の物質に絞らず幅広く代謝物を検出する非標的メタボロミクス、特定物質を狙って定量する標的メタボロミクスという、複数の分析手法を組み合わせて発酵の進行に伴う変化を追跡しました。
発酵が進むと何が変わるのか
まず「良い香り」に関わる成分として、エステル類、アルコール類、テルペノイド類が報告されています。これらはフルーティーな香り、ワインを思わせる香り、ハーブのような香りをもたらす主要な成分とされ、酸肉の心地よい風味の中心を担っていると位置づけられています。
一方で発酵の過程では、タンパク質・脂質・炭水化物が深く分解されていくことも確認されました。発酵時間が長くなるにつれて、アミノ酸やペプチド、脂肪酸由来の物質が増えていき、これが「美味しさ」に大きく寄与する成分だとされています。具体的には、遊離アミノ酸(FAA)の量は60日間発酵させたサンプルで、発酵前と比べて8.82倍にまで増加したと報告されています。
「かすかな異臭」の正体とされる成分
興味深いのは、良い香りをもたらす成分の一部が、量によっては逆に不快な香りの原因にもなりうると指摘されている点です。具体的には(+/−)-4-テルペネオール、フェニルエチルアルコール、1-オクテン-3-オン、1-ヘプテン-3-オンといった香気成分について、濃度によって香りの質が変わる「濃度依存性」の特徴を示し、量が多くなると好ましくない香りに寄与する可能性があるとされています。
さらに、発酵が進むにつれて次第に生成されるブタン-1,4-ジアミン(プトレシン)と、脂質が酸化してできる生成物が、酸肉に特徴的な「かすかに異臭がする」という揮発性の香りの形成に関わっている可能性があると報告されています。つまり、美味しさを生む物質と、独特のにおいを生む物質は、実は近い場所で同時に作られている可能性がある、という見方が示されたことになります。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、発酵酸肉という一つの食品を対象に、発酵の進行に伴う微生物・香り成分・代謝物の変化を多角的に調べたものであり、ここで得られた知見がすべての発酵食品や地域の酸肉に当てはまるとは限りません。また、報告されている成分と香りの関係は、あくまでこの研究で得られたデータに基づく知見であり、味や香りの感じ方には個人差があることにも留意が必要です。論文では、この成果が発酵酸肉の風味を制御したり、工業的な生産に応用したりするための理論的な基盤を提供するものだと位置づけられています。
まとめ
発酵酸肉の「変なにおいなのに美味しい」という感覚は、単なる好みの問題ではなく、発酵の過程でエステル類やアミノ酸類といった「美味しさ」を生む成分と、特定濃度で不快な香りにもなりうる成分やプトレシン・脂質酸化物といった「独特のにおい」を生む成分が、同時進行で作られていく複雑な化学変化の結果である可能性が示されました。一つの研究で得られた知見であり、今後さらなる検証が必要な段階ですが、発酵食品の風味がどのように生まれるかを理解するうえで興味深い手がかりを提供する内容といえます。
原著論文の著者・所属:Shijie Liu(College of Food Science and Technology, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China; International Joint Laboratory of Meat Processing and Safety in Henan Province, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China)、Qian Ding(College of Food Science and Technology, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China; International Joint Laboratory of Meat Processing and Safety in Henan Province, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China)、Lijun Zhao(College of Food Science and Technology, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China; International Joint Laboratory of Meat Processing and Safety in Henan Province, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China; Corresponding authors at: College of Food Science and Technology, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China.)、Miaoyun Li(College of Food Science and Technology, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China; International Joint Laboratory of Meat Processing and Safety in Henan Province, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China; Corresponding authors at: College of Food Science and Technology, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China.)、Yanxia Liu(College of Food Science and Technology, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China; International Joint Laboratory of Meat Processing and Safety in Henan Province, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China)、Dong Liang(College of Food Science and Technology, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China; International Joint Laboratory of Meat Processing and Safety in Henan Province, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China)、Yangyang Ma(College of Food Science and Technology, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China; International Joint Laboratory of Meat Processing and Safety in Henan Province, Henan Agricultural University, Zhengzhou 450002, PR China)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Shijie Liu, Qian Ding, Lijun Zhao, et al. Unraveling the mechanism of “smelling slightly off but tasting delicious” of fermented sour pork via multi-omics analysis: insights from microbial community analysis, flavoromics, untargeted metabolomics and targeted metabolomics. フード・ケミストリー:エックス (2026). DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104295. 原著ライセンス: cc-by-nc.