著者の所属・活動拠点の国は、インドネシア、マレーシアです。
掲載誌:Food Technology and Biotechnology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
長い発酵期間という課題
魚醤は、魚と大量の塩を長期間発酵させて作る液体調味料です。マレーシアのブドゥ、タイのナンプラー、ベトナムのヌクマムなど、アジア各地で親しまれています。一般的には20%を超える食塩を加え、30〜35℃で少なくとも6か月発酵させます。国際的な食品規格であるコーデックス規格でも、最低6か月の発酵が定義に含まれています。
一方で、望ましい風味や香りが育つまでには数か月から1年以上かかることも多く、生産効率の妨げになっています。原料の魚、魚と塩の比率、微生物の構成、製法や地域ごとの慣習の違いによって、品質・安全性・味わいがばらつきやすいことも課題です。
この論文は、新しい実験の報告ではなく、これまでの研究を整理した総説です。著者らは、発酵中に起こる微生物の働き、化学的な変化、魚の組織の物理的な変化を一つの枠組みにまとめました。そのうえで、スターターカルチャー(発酵を担う微生物をあらかじめ加える方法)やバックスロッピング(前に仕込んだ発酵物の一部を新しい仕込みに加える方法)といった発酵を早める手法を評価しています。著者らは、発酵を早める技術は速さだけで評価すべきではないとも述べています。微生物の安定性、たんぱく質や脂質の分解、好ましい香り成分の生成、安全上のリスクの管理もあわせて考える必要がある、という立場です。
魚が液体になるまでの変化
著者らの整理によると、魚の筋肉が分解されるおもな要因は三つあります。魚自身がもつ酵素、微生物がつくるたんぱく質分解酵素、そして塩です。魚が死ぬとすぐに、体内の酵素が筋肉を分解し始めます。この現象を自己消化と呼びます。内臓ごと発酵させると、消化酵素も加わって分解が進みます。魚の筋肉は哺乳類の肉に比べて結合組織が少なく、繊維も短いため、酵素で分解されやすいとされています。
ただし、筋肉全体が一様に溶けるわけではありません。筋肉の主体となるたんぱく質は崩れやすい一方、コラーゲンを多く含む結合組織は分解されにくく、固形物として残ります。そのため魚は少しずつ軟らかくなり、液体と溶けない部分に分かれていきます。
塩には二つの役割があります。筋肉から液体を引き出すと同時に、望ましくない細菌を抑え、塩に強い微生物が増えやすい環境をつくります。ただし、塩が多すぎると分解酵素の働きが妨げられ、発酵が長引くことがあります。紹介されている研究では、食塩25%の条件で、30〜35%の条件より筋肉の分解が速く進みました。骨が完全に露出するまでの日数は、前者が255日、後者が270日でした。
色の変化も品質の目安になります。できたばかりの魚醤は淡い黄色で、発酵が長くなるにつれて琥珀色から褐色へと濃くなります。この色づきには、脂質の酸化や、アミノ酸と糖が反応して褐色になるメイラード反応などが関わっていると説明されています。
風味をつくる成分と微生物の役割
魚醤の香りや味は、たんぱく質から生じるアミノ酸、脂肪酸、糖を、微生物や酵素がさらに変化させることで生まれます。著者らは各地の魚醤で報告された香り成分を整理しました。そのうえで、3-メチルブタン酸、酢酸、ベンズアルデヒド、2,6-ジメチルピラジン、トリメチルアミンなどが多く見られると述べています。チーズ様、ナッツ様、香ばしい香りなどにつながる成分です。生成の経路としては、アミノ酸の分解、魚に多い不飽和脂肪酸の酸化、糖とアミノ酸の反応が挙げられています。
微生物を加えた研究の例も紹介されています。乳酸菌の一種テトラジェノコッカス・ハロフィルスを加えた魚醤では、うま味に関わるグルタミン酸などのアミノ酸が増えました。また、便のような不快臭の原因となるジメチルジスルフィドが消えたと報告されています。ヴィルギバチルス属の菌株を加えた例では、魚醤の風味に関わるアルデヒド類が増えたとされています。
著者らは要旨の中で、バチルス、テトラジェノコッカス、ヴィルギバチルスといった微生物グループが、たんぱく質の分解と風味づくりに重要な役割を果たしていると位置づけています。微生物の構成を調べる方法としては、培養して数える従来の方法と、遺伝子配列などから培養せずに把握する方法の両方が使われていることも整理されています。
総説が示すこと
著者らは、発酵を担う微生物の組み合わせを狙って調整すれば、酵素の働きを高め、発酵期間を短くし、製品の品質をそろえられる可能性があるとまとめています。一方で、どの微生物をどう組み合わせるかの標準化や、遺伝子や代謝物を網羅的に調べる手法を発酵の設計に生かす点は、まだ知見が不足している課題として挙げられています。
伝統的な魚醤づくりは、微生物の働き、化学変化、組織の物理的な変化が絡み合って成り立っています。この総説は、それらをつなげて理解することが、魚醤ならではの風味を保ちながら製造を効率化する土台になる、という見方を示しています。
原著論文の著者・所属:Shanti Dwita Lestari(Sriwijaya University)、Norhayati Hussain(Universiti Putra Malaysia)、Honey Yahdillah(Universiti Putra Malaysia)、Nasiru B. UMAR(Universiti Putra Malaysia)、Afiah Mohamed Ghazali(Universiti Putra Malaysia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Shanti Dwita Lestari, Norhayati Hussain, Honey Yahdillah, et al. Accelerating Fish Sauce Fermentation: Integrating Microbial, Biochemical and Physical Transformations for Optimised Processing. Food Technology and Biotechnology 2026-09-30. DOI: 10.17113/ftb.64.03.26.9498. 原著ライセンス:CC BY.