著者の所属・活動拠点の国は、イタリアです。
掲載誌:Frontiers in Plant Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
温室の中でジャガイモを何段にも積み重ねて育てられれば、限られた面積でより多く収穫できます。しかし棚を重ねると下段には光が届きにくくなり、光合成が滞って生育が悪くなる恐れがあります。この課題に対して、イタリア・ナポリ・フェデリコ2世大学などの研究グループが、下段に赤色と青色のLEDで補光した場合、ジャガイモの生育・収量・成分がどう変わるかを調べました。研究は2026年8月にフロンティアーズ・イン・プラント・サイエンス誌に掲載予定です。
自然光だけの棚とLED補光棚を比べる実験
実験はナポリ近郊の低温温室で、2023年12月20日から2024年3月7日にかけて行われました。品種「Colomba」の種イモをパーライトを詰めた5リットルの鉢に植え、垂直の多段栽培を想定して2つの区画を用意しています。上段に見立てた区画は自然光のみ(対照区)、下段に見立てた区画は棚に遮られて弱くなった自然光に、赤:青を2:1の比率で混ぜたLED光を足し、光合成に有効な光の強さ(PPFD)が最低でも1平方メートルあたり毎秒300マイクロモルを下回らないよう自動調整しました。この300〜400という光強度の範囲は、同じ研究グループが以前の実験でジャガイモ栽培に適していると確認した値だといいます。
実際に測定すると、1日あたりに植物が受け取る光の総量(DLI)は、実験期間全体でLED区が対照区より20.5%少なく、特にイモが太る「塊茎肥大期」には36.2%も少ない状態でした。それでもLED区では葉の面積が対照区より64%、葉の枚数が30%多くなり、葉と茎を合わせた地上部の乾燥重量はほぼ2倍に増えています。光合成の速さを直接測定した結果でも、LED区は対照区より38〜40%高い値を示し、生育が進むにつれて葉の緑色(クロロフィル量の指標)が落ちる度合いも、LED区の方が対照区よりゆるやかでした。光の総量が少ないのに植物の反応がよかった背景には、赤と青の光の組み合わせが光合成活性を高めやすいことが関係していると考えられます。
肝心のイモの収量は、LED区が対照区より29%多く、地下部全体の乾燥重量も18%増えました。一方でイモの数や1個あたりの重さ自体には統計的に明確な差はなく、乾物率(イモの水分を除いた割合)も両区でほぼ同じでした。ただし、収穫物全体に占める食用部分(イモ)の割合を示す収穫指数は、対照区の83.8%に対しLED区は80.3%とやや低下しており、LED区では地上部(葉や茎)への養分配分が相対的に増えていたことがうかがえます。
イモの中身は何が変わったのか——多層的な解析で見えた変化
研究チームはイモの組織について、遺伝子の働き方(トランスクリプトーム)、たんぱく質の量(プロテオーム)、代謝物の種類や量(メタボローム)を横断的に調べる「マルチオミクス解析」を行いました。まずミネラル分析では、LED区のイモは窒素含有量が対照区より20%多く、ホウ素は10%少なくなっていましたが、ミネラル全体の総量はほぼ同じでした。カリウムが最も多く含まれる主要ミネラルで、次いで窒素、リン、硫黄、マグネシウムの順でした。
遺伝子発現の解析では、LED区と対照区の間で442個の遺伝子に発現量の差が見つかり、329個が増加、113個が減少していました。増加した遺伝子には、光合成に関わるクロロフィルa/b結合たんぱく質の遺伝子や、ポリアミン代謝に関わる酵素(ガンマ‐グルタミル‐ガンマ‐アミノ酪酸ヒドロラーゼ)、香り成分に関わるR-リナロール合成酵素の遺伝子が含まれていました。また、ショ糖リン酸合成酵素やショ糖合成酵素、解糖系やカルビン回路に関わる酵素の遺伝子も増加しており、糖の代謝が活発になっていたことを示しています。逆に減少していたのは、低分子熱ショックたんぱく質やHSP70・HSP90など、植物がストレスを受けたときに働く遺伝子群でした。
たんぱく質のレベルでも似た傾向が確認されています。860個のたんぱく質を検出し、うち126個がLED区と対照区で量に差がありました。LED区で減っていたのは、熱ショックたんぱく質や活性酸素を消去する酵素、病原体・害虫への防御に関わるたんぱく質など、ストレス応答に関係するものが中心でした。加えて、ポリフェノールやグリコアルカロイド(ジャガイモの天然毒素として知られる苦味・毒性成分)、およびそれらの合成に関わる酵素も少なくなっていました。一方でLED区で増えていたのは、ショ糖合成酵素や解糖系酵素など糖代謝に関わるたんぱく質、脂質代謝や膜の維持に関わる酵素、および病原菌への防御にはたらくオスモチンやポリガラクツロナーゼ阻害たんぱく質でした。代謝物の解析でも、LED区ではポリアミン類やアミノ酸の一部(防御成分の前駆体となるもの)が増えている一方、ポリフェノールやグリコアルカロイドは減少しており、遺伝子・たんぱく質・代謝物の3つのデータがおおむね一致した方向を示していました。
この研究をどう読むか
研究チームは、LED補光によって光の総量が減っても光合成活性が保たれ、収量増加につながった一方で、イモの中では「防御・ストレス応答を抑えて成長を優先する」ような代謝の切り替わりが起きていたと解釈しています。窒素やポリアミン、前駆体アミノ酸が増えたことは栄養面でのプラス要素になりうる一方、グリコアルカロイドやポリフェノールの減少は、風味や機能性成分の観点からは評価が分かれる変化とも言えます。ただし、これは特定の品種・栽培条件・実験期間における1つの研究結果であり、他の品種や異なる光条件でも同じ傾向が再現されるかどうかは今後の検証が必要です。また、収穫指数がわずかに低下していた点など、収量以外の側面にも注意を払う必要があると考えられます。
まとめ
この研究は、多段式の温室栽培でジャガイモの下段に赤青LEDを補光すると、受け取る光の総量が2割ほど減っても光合成活性が高まり、イモの収量が増える可能性を示しました。同時に、遺伝子・たんぱく質・代謝物を横断した解析により、成長を優先してストレス応答関連の物質を抑える方向への代謝シフトが起きていたことも報告されています。実用的な多段栽培システムの設計や、収量と品質のバランスを考えるうえでの基礎データとして位置づけられる研究といえます。
原著論文の著者・所属:Antonio Pannico(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Luigi Giuseppe Duri(Department of Agriculture, Food, Natural Resources and Engineering (DAFNE), University of Foggia)、Sabrina De Pascale(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Nafiou Arouna(Institute of Agricultural Biology and Biotechnology, National Research Council (CNR))、Antonio Dario Troise(Institute for the Animal Production System in the Mediterranean Environment (ISPAAM), National Research Council (CNR))、Rosalia Ferracane(Institute for the Animal Production System in the Mediterranean Environment (ISPAAM), National Research Council (CNR))、Mariapia Esposito(Institute for the Animal Production System in the Mediterranean Environment (ISPAAM), National Research Council (CNR))、Simonetta Caira(Institute for the Animal Production System in the Mediterranean Environment (ISPAAM), National Research Council (CNR))、Antonio Giandonato Caporale(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Luca Cimmino(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Riccardo Aversano(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Andrea Scaloni(Institute for the Animal Production System in the Mediterranean Environment (ISPAAM), National Research Council (CNR))、Stefania De Pascale(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)、Roberta Paradiso(Department of Agricultural Sciences, University of Naples Federico II)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Antonio Pannico, Luigi Giuseppe Duri, Sabrina De Pascale, et al. Multi-omics analyses to assess the effects of multi-layer cultivation with supplemental LED lighting on potato yield and quality. フロンティアーズ・イン・プラント・サイエンス (2026). DOI: 10.3389/fpls.2026.1913161. 原著ライセンス: cc-by.