下痢は人にとっても動物にとってもありふれた不調ですが、なかでもサルモネラ菌(Salmonella typhimurium)などの病原菌による感染性下痢は、腸のバリア機能を壊し、腸内細菌のバランスを崩し、傷ついた腸の粘膜が再生する力まで弱めてしまうことが知られています。治療には抗生物質が使われてきましたが、薬剤耐性菌の出現や薬剤残留といった副作用の懸念があり、代わりにプロバイオティクス(生きた状態で摂取すると体によい影響を与えるとされる微生物)を使う試みが注目されています。今回紹介する研究は、モンゴルの伝統的な発酵乳飲料である馬乳酒(クミス)から分離されたLactobacillus paracasei(パラカゼイ菌)という乳酸菌に着目し、これが腸の粘膜バリアをどのような仕組みで修復するのかを、マウスを使った実験で調べたものです。
どのように調べたのか
研究チームは、内モンゴル農業大学(中国)の研究者らによるもので、生後3〜4週の昆明(クンミン)系マウス70匹を、対照群、下痢モデル群、L. paracasei投与群、L. plantarum(別の乳酸菌、プランタルム菌)投与群の4グループに分けました。対照群以外には、サルモネラ菌を投与して感染性下痢のモデルを作りました。L. paracasei群とL. plantarum群には、それぞれの菌液を21日間毎日与えたのち、3日間サルモネラ菌を投与しています。血清中の炎症性物質や腸の透過性の指標、免疫の指標を酵素免疫測定法(ELISA)で調べたほか、腸組織の切片を染色して観察したり、電子顕微鏡や免疫染色、遺伝子・タンパク質の発現解析などの手法を組み合わせて、腸のバリア機能や、腸管幹細胞がパネート細胞・杯細胞へ増殖・分化する様子を評価しました。さらに、16S rRNA解析で腸内細菌の構成を、ガスクロマトグラフィー質量分析法で短鎖脂肪酸(SCFA)の量を測定しています。加えて、L. paracaseiを与えたマウスの便を無菌マウスに移植する「糞便微生物移植(FMT)」実験も行い、菌そのものではなく菌によって作り変えられた腸内細菌叢だけでも腸の修復を引き起こせるかを検証しました。
研究でわかったこと
サルモネラ菌を投与されたマウスは下痢症状や体重減少、腸バリアの損傷を示しましたが、L. paracaseiとL. plantarumのどちらを与えられたマウスも、これらの症状が有意に軽減されたと報告されています。血清中のリポ多糖(LPS)、ジアミンオキシダーゼ(DAO)、D-乳酸、ゾヌリンといった腸の透過性が高まったことを示す指標も低下し、タイトジャンクション(細胞同士をつなぐ構造)を構成するタンパク質の発現が促進されていました。また、腸のもとになる「Lgr5陽性腸管幹細胞」の増殖・分化が促され、パネート細胞のマーカーであるリゾチーム・Defa5・Ang4や、杯細胞のマーカーであるMUC2・TFF3の発現が増加し、腸を保護する粘液バリアの働きが強まったとされています。ただし、これらの効果はL. paracaseiのほうがL. plantarumより優れていたと述べられています。
腸内細菌の解析では、L. plantarumと比べてL. paracaseiを投与した群で、短鎖脂肪酸を作り出すMuribaculaceae科やPrevotellaceae科の細菌が豊富になっていたことが示されました。さらに糞便微生物移植の実験では、L. paracaseiを投与したマウスの便を移植しただけでも腸粘膜バリアを保護する効果がみられ、腸管幹細胞の発現が回復し、腸粘膜バリアが改善し、炎症が抑えられ、短鎖脂肪酸の量も増えたと報告されています。この結果は、L. paracaseiが腸内細菌叢とその代謝産物(短鎖脂肪酸など)を介して腸粘膜バリアの修復を仲立ちしていることを示すものだと著者らは述べています。論文では、炎症性サイトカインであるTNF-α、IL-6、IL-1βの血清中濃度がL. paracasei投与でより強く抑えられ、抗炎症性のIL-10がより強く上昇したこと、電子顕微鏡による観察でも微絨毛の構造や細胞間のタイトジャンクションがL. paracasei群でより保たれていたことも記されています。
この研究の読み方・位置づけ
この研究はマウスを用いた動物実験であり、ヒトでの効果を直接示したものではありません。また、L. paracaseiとL. plantarumはどちらも腸の損傷を修復する働きを持つと報告されている一方で、L. paracaseiのほうが優れていたという比較の結果であり、L. plantarumに効果がないことを意味するものではありません。論文の著者らも、L. plantarumが本来Prevotellaceaeを増やすと報告されている先行研究があるにもかかわらず、今回のサルモネラ感染モデルではその増加が見られなかった点を指摘しており、菌株や実験条件によって結果が変わりうることがうかがえます。一つの基礎研究の結果であり、ヒトでの下痢予防や治療効果が確立したわけではない点に留意が必要です。
まとめ
この研究では、馬乳酒(クミス)由来の乳酸菌L. paracaseiが、サルモネラ菌感染によるマウスの下痢モデルにおいて、腸内細菌叢を作り変えて短鎖脂肪酸の産生を高め、炎症を抑え、パネート細胞のニッチ機能を保つことで、腸管幹細胞を介した腸粘膜の修復を助けている可能性が示されたと報告されています。同じ乳酸菌であるL. plantarumと比べても、今回の実験条件下ではL. paracaseiのほうが優れた効果を示したとされています。これらの知見は、感染性下痢に対するプロバイオティクス介入の仕組みを理解するための基礎データとして位置づけられており、著者らは腸内細菌叢と腸管幹細胞の関係が今後の治療標的になりうると述べています。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:馬乳酒由来のパラカゼイ乳酸菌が腸内細菌叢-代謝産物を介して腸管幹細胞を制御し腸粘膜修復を促進する(フロンティアーズ・イン・ニュートリション・2026年08月)