著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Frontiers in Environmental Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
フタル酸エステル(PAEs)は、プラスチックを柔らかくする可塑剤などとして使われている化学物質のグループです。環境中のあちこちで見つかり、体内のホルモンの働きを乱すおそれがある「内分泌かく乱物質」として知られています。論文によると、中国はPAEsの世界最大の生産国・消費国です。また、一部の種類は米国や欧州連合、中国で優先的に管理すべき汚染物質に指定されています。
中国では、地域に設置された浄水設備が水道水をさらに処理し、そのまま飲める水として提供する「地域の直飲水」があります。著者らは、こうした設備がPAEsをどの程度取り除くのかは、まだ体系的に評価されていないと指摘しています。また、設備にはプラスチック製の配管やフィルター、機械部品が多く使われています。そのため、設備そのものがPAEsの発生源になる可能性もあるとしています。
そこで研究チームは、中国安徽省蚌埠市で水道水と地域の直飲水の両方を採取しました。そして、18種類のPAEsの検出状況と濃度の特徴を調べました。あわせて、成人がこれらの水を飲むことによる健康リスクも評価しています。
何を調べたか
研究チームは2025年5月から6月にかけて、市内4つの区で試料を採取しました。内訳は水道水64試料と地域の直飲水27試料で、合計91試料です。水道水はそれぞれ別の家庭から、直飲水はそれぞれ別の直飲水設備から集めています。
調査した直飲水設備は、すべて逆浸透膜(RO膜)を備えていました。RO膜は、ごく細かい膜で水をこして不純物を除く方式です。各設備は、これに活性炭ろ過、限外ろ過膜、紫外線殺菌のいずれかを組み合わせていました。直飲水はその地域の水道水をさらに処理したもので、どちらも同じ市の水源に由来します。
試料は、洗浄・乾燥した褐色ガラス瓶に採取しました。その後は冷蔵保存し、1週間以内に分析しています。濃度は主にng/L(ナノグラム毎リットル)で示されています。1ng/Lは、水1リットルに10億分の1グラムが含まれる量です。
主な結果
多くの種類のPAEsが、両方の水で広く検出されました。18種類の合計濃度は、水道水で189.3〜53,385ng/L、直飲水で101.6〜15,238ng/Lでした。
最も検出率が高かった物質は、水道水ではDPhP(95.3%)、直飲水ではDAP(92.6%)でした。平均濃度が最も高かったのは、どちらの水でもDBPです。その値は水道水で1,654ng/L、直飲水で1,031ng/Lでした。一方、DEHPとDNPは水道水から検出されませんでした。直飲水でも、DEHPが検出されたのは1試料だけでした。
DBPには中国の飲料水基準があり、上限は3µg/L(3,000ng/L)です。この上限を超えた試料は、水道水で5つ、直飲水で2つありました。
合計濃度の平均は、水道水が3,497ng/L、直飲水が2,516ng/Lでした。水道水のほうが約1.4倍高い値ですが、この差は統計的に意味のある差ではありませんでした。著者らは、浄水設備による除去は物質の種類によって異なり、不完全だと述べています。平均の減少率は、DEPで65.9%、DBPで37.7%、DPhPで36.2%、DMPで25.9%でした。これに対し、DIBPは5.4%にとどまりました。
また、BMPP、DEEP、BBP、DBEPなど一部の物質は、直飲水でも水道水と同程度か、やや高い濃度でした。研究チームは、浄水や配水の過程で新たに混入した可能性を指摘しています。
地区ごとに比べると、合計濃度の中央値は4区でおおむね近い値でした。著者らは、平均値の違いはごく一部の極端に高い試料によるものだとしています。一方、どの種類のPAEsが多いかという組成には、地区による明確な違いがありました。たとえばDMPの水道水中の平均濃度は、淮上区で1,388ng/Lでした。これに対し、蚌山区では9.9ng/Lでした。著者らはこの違いから、地区ごとにPAEsの発生源の構成が異なると考えています。
健康リスクの評価では、まず成人が飲み水から1日に取り込むPAEsの推定量を計算しました。合計の平均は、体重1kgあたり1日に水道水で116ng、直飲水で83.1ngでした。研究チームは、これらの値が欧州食品安全機関(EFSA)の耐容一日摂取量(体重1kgあたり1日50µg)を大きく下回ると報告しています。耐容一日摂取量とは、生涯にわたって毎日摂取しても健康への影響がないとされる量です。
さらに研究チームは、DMP、DEP、DBP、DIBPについて「ハザード比(HQ)」を求めました。HQは、推定摂取量を健康影響の目安となる基準量で割った値です。また、これらのハザード比を合計した「ハザード指数(HI)」も算出しました。どちらの指標も、1を下回れば大きなリスクはないと判断されます。結果はすべてのHQが1未満でした。HIも、水道水で平均的な摂取の場合0.45×10⁻³、摂取が多い場合(95パーセンタイル)2.7×10⁻³と、1を大きく下回りました。直飲水では、それぞれ0.39×10⁻³と1.8×10⁻³でした。著者らはこれらから、現在の濃度では、がん以外の健康影響について大きなリスクはないとしています。
この研究が示すこと
この研究は、実際の採水データにもとづく報告です。同じ水源に由来する水道水と地域の直飲水の両方で、多種類のPAEsが広く検出されることを示しました。浄水設備を通した直飲水でも、PAEsは物質によって一部が除かれるにとどまっていました。
著者らは、推定された健康リスクは低いとしています。ただし、この評価は飲むことによる摂取にもとづいており、皮膚からの曝露など他の経路を十分には反映していない可能性があると述べています。また、PAEsは複数の物質が混ざった状態で存在することが多いと指摘しています。そして、長期にわたって複数のPAEsに同時にさらされると、個々の物質より大きなリスクになりうると注意を促しています。そのうえで著者らは、PAEsが飲み水に広く存在し、内分泌かく乱作用を持つことから、継続的な監視と汚染源の管理が重要だとまとめています。
原著論文の著者・所属:Bowen Li(College of Civil and Hydraulic Engineering, Bengbu University)、Weidong Gu(Nanjing Institute of Metrological Supervision and Testing, Nanjing, China)、Weiwei Shao(Nanjing Institute of Metrological Supervision and Testing, Nanjing, China)、Gengchen Wu(College of Civil and Hydraulic Engineering, Bengbu University)、Lanbao Zhu(College of Civil and Hydraulic Engineering, Bengbu University)、Zhikong Shi(Anhui Academy of Ecology and Environmental Science Research, Hefei, China)、Yi Tong(Anhui Provincial Group Limited for Yangtze-to-Huaihe Water Diversion, Hefei, China)、Chao Li(College of Civil and Hydraulic Engineering, Bengbu University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Bowen Li, Weidong Gu, Weiwei Shao, et al. Occurrence, concentration profiles, and human health risks of 18 phthalate esters in tap water and community direct-drinking water in Bengbu, China. Frontiers in Environmental Science 2026-09-28. DOI: 10.3389/fenvs.2026.1947263. 原著ライセンス:CC BY.