日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Food Science of Animal Resources
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
日本では野生のニホンジカとイノシシが生息域を広げ、農林業や自然の生態系、生活環境に深刻な被害を与えています。各地で駆除や管理のための捕獲が行われており、2024年度に捕獲されたニホンジカは約73万8700頭でした。イノシシと合わせると約138万頭に上りますが、論文が引用する国の統計によると、食肉処理施設で処理されたのはそのうち約12.1%にあたる16万7760頭にとどまります。日本のシカ肉・イノシシ肉は飼育ではなく主に野生の捕獲個体に頼っており、とくに内臓など、ふだん食用にされない部位は十分に利用されていません。
一方、牛や豚の内臓は多くの国で食べられてきました。これまでの研究では、こうした内臓を分解して得た成分に、抗酸化作用やACE阻害作用といった生物活性が報告されています。ACEは、血圧の調節に関わることで知られる酵素です。
著者らは、野生のシカとイノシシの部位を高付加価値で利用する道を探るため、探索的な調査を行いました。8つの部位と4種類の動物について、同じ加熱・消化・分析の手順で調べました。目的は、部位ごとの傾向をつかみ、詳しく調べる価値のある部位を絞り込むことです。
何をどう調べたか
試料は、2024年11月から2025年3月にかけて静岡県西部で捕獲されたメスのニホンジカ5頭とメスのイノシシ5頭(いずれも推定3歳)から採取しました。これらの個体は、研究とは関係なく、法的に認められた個体数管理と食肉利用のために免許を持つ猟師が捕獲したものです。認可を受けた施設で通常どおり処理されました。比較対象の牛と豚の部位は食肉業者から購入し、各部位3頭分を用いました。
調べた部位は、心臓、胃、肝臓、脾臓、小腸、大腸、ロース、モモの8つです。各試料を70℃で加熱した後、試験管内で消化を模した処理を行いました。そのうえで三つの指標を測りました。一つ目は、消化液に溶け出したたんぱく質・ペプチドの推定量です。ペプチドとは、たんぱく質が分解されてできるアミノ酸の短いつながりです。二つ目は、DPPHという安定した合成ラジカルを消す力で、抗酸化性を調べる試験管内の簡易な指標です。三つ目は、ACEのはたらきを妨げる力です。活性の強さはIC50で表しました。IC50は作用が50%に達するのに必要な濃度で、値が低いほど少ない量で働くことを意味します。
主な結果
溶け出したたんぱく質・ペプチドの推定量では、胃、肝臓、脾臓、小腸、ロース、モモで動物種間の差が統計的に示されました。イノシシは、胃でシカより多く、肝臓でシカと牛より多く、モモで豚より多い結果でした。反対に、小腸ではイノシシが豚より少なく、脾臓ではシカがイノシシや牛より少ない結果でした。どの動物が多いかは部位によって異なり、一定の傾向はありませんでした。
DPPHラジカルを消す力では、イノシシの肝臓のIC50が牛の肝臓より低く、イノシシのロースのIC50がシカと牛のロースより低い結果でした。つまり、これらの組み合わせではイノシシの試料が少ない量で作用しました。イノシシの肝臓は、牛の肝臓と比べて、溶け出す量が多く、抗酸化の指標も強いという両方の特徴を示しました。
一方で著者らは、溶け出したたんぱく質・ペプチドの量と、測定した生物活性の強さは必ずしも一致しなかったと述べています。ペプチドの働きは、量だけでなく、元のたんぱく質やアミノ酸の並び方、大きさなどにも左右されると報告されているためです。部位ごとの推定量の違いについては、動物種ごとのたんぱく質の組成や組織の構造、消化のされやすさの違いが関係した可能性が挙げられています。ただし、組織のたんぱく質組成や消化後のペプチドの構成は測定していないため、違いの要因は特定できなかったとしています。
結果の受け止め方と研究の意味
著者らは、この研究が探索的で、仮説を立てる段階のものだと強調しています。調べた頭数は少なく、動物種ごとの数もそろっていません。また、シカ・イノシシと牛・豚とでは、野生か飼育か、食べ物や生活環境、入手経路、処理条件なども異なります。そのため、見られた差を動物種の違いだけによるものとは言えません。結果は70℃で加熱した条件にあてはまるもので、生の組織の消化にそのまま広げることはできません。さらに、ACE阻害は試験管内での反応を示すにすぎず、食べたときに血圧を下げる効果を直接示すものではありません。DPPH試験も試験管内のふるい分けの方法です。
こうした制約はあるものの、この研究は、十分に利用されていない野生のシカ・イノシシの部位を共通の方法で比べた体系的なふるい分けの結果です。著者らは、この結果を、これらの部位を価値ある形で生かすための研究の土台と位置づけています。
原著論文の著者・所属:Hikaru Ogi(Graduate School of Integrated Pharmaceutical and Nutritional Sciences, University of Shizuoka, Shizuoka, Japan)、Takehiko Terashima(Faculty of Health Promotional Sciences, Tokoha University, Hamamatsu, Japan)、Ryo Mannen(Faculty of Nutritional Science, Sagami Women's University, Sagamihara, Japan)、Naoko Otsuki(Graduate School of Integrated Pharmaceutical and Nutritional Sciences, University of Shizuoka, Shizuoka, Japan)、Yoko Ichikawa(Graduate School of Integrated Pharmaceutical and Nutritional Sciences, University of Shizuoka, Shizuoka, Japan. [email protected])
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hikaru Ogi, Takehiko Terashima, Ryo Mannen, et al. Exploratory screening of wild-game tissues in Japan toward value-added utilization: estimated soluble protein/peptide yields and DPPH radical-scavenging and ACE-inhibitory activities after in vitro digestion. Food Science of Animal Resources 2026-09-28. DOI: 10.1007/s44463-026-00118-0. 原著ライセンス:CC BY.