著者の所属・活動拠点の国は、ウクライナです。
掲載誌:Scientific Works
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF
なぜケイ素の「形」が問題になるのか
ケイ素を含む天然ミネラルウォーターは、ウクライナの各地に産地があり、ボトル入り製品としても流通しています。ウクライナの規格では、メタケイ酸として表した含有量が1リットルあたり50ミリグラム以上の天然ミネラルウォーターを「ケイ酸泉水」と定めています。それより含有量が少ない水は、学術文献で「ケイ素含有水」と呼ばれています。
著者らが着目したのは、水に含まれるケイ素の総量だけでなく、ケイ素がどのような化学的な形で存在しているかという点です。論文が引用する先行研究によると、水中で一つずつばらばらの分子(単量体)として溶けている「オルトケイ酸」は消化管で吸収されやすいとされています。一方、分子どうしがつながった重合体や、微小な粒子が分散したコロイド状のケイ素は、消化管内で分解されなければ吸収されにくく、生体が利用できる度合い(生物学的利用能)が単量体より大幅に低いとされています。
オルトケイ酸は、ミネラルウォーターのような薄い水溶液では比較的安定です。しかし、非晶質シリカに対して過飽和になったり、ミネラル分の濃度、pH、温度が変わったりすると、分子どうしが結合する反応が進むことがあります。その結果、オリゴマー(少数の分子がつながったもの)や重合体ができ、さらにコロイド状のシリカへと変化していく可能性があります。ところが、規格や製品表示ではケイ素の総量しか示されません。このため著者らは、ラベルに記された二つの水のメタケイ酸含有量が同じでも、吸収されやすいオルトケイ酸の量や水の生物学的作用まで同じとは限らないと指摘しています。
この研究の目的は、ボトル詰めに向けた水の処理工程と製品の保管のあいだに、オルトケイ酸がどの程度安定に保たれるかを評価するための考え方を、理論的に整理することです。
何を調べたのか
この研究は実験研究ではありません。著者らは科学論文、規格などの公的文書、水質分析の手法を検討し、その内容を体系的にまとめました。
研究チームはまず、ケイ素濃度の表し方が資料ごとにばらばらな点を取り上げました。濃度はケイ素(Si)、二酸化ケイ素(SiO₂)、メタケイ酸(H₂SiO₃)、オルトケイ酸(H₄SiO₄)のいずれかに換算して示されるため、そのままでは異なる水の分析結果を比べられません。そこで著者らは、これらを一つの共通の指標に換算してそろえることを提案しています。
次に著者らは、ウクライナ国内の分析手法と国際的な規格・文献を比較しました。多くの手法では、モリブデン酸試薬と反応して色が付く性質を利用し、低分子のケイ素化合物の量を測ります。ただし、「全ケイ素」「溶存ケイ素」「コロイド状ケイ素」など同じ名前の指標でも、手法によって意味が少しずつ異なります。たとえば、ミネラルウォーター向けのウクライナの手法では、試料をろ過せずに直接測定した値を「溶存ケイ素」としています。そのため著者らは、この値は国際的な「モリブデン酸反応性ケイ素」(試薬と反応するケイ素)に近いものと解釈すべきだと述べています。同様に、ウクライナの手法でいう「コロイド状ケイ素」は「モリブデン酸非反応性ケイ素」に近いとしています。ただし、試料の前処理や分け方が異なるため、両者を完全に同じものとは見なせないとも付け加えています。
さらに著者らは、既存の手法ではオルトケイ酸だけを分けて測定できない点を課題として挙げています。そのうえで、単量体とオリゴマーでは試薬との反応速度が異なることを利用し、現行の20分後だけでなく、より早い時点でも測定するよう手法を改良することが有効だと述べています。
主な整理結果:総量が同じでも中身は変わりうる
著者らは文献をもとに、水中のケイ素化合物がたどる変化の道筋をまとめました。その道筋は次のとおりです。まず分子どうしが結合してオリゴマーや重合体になります。次にシリカの微小な核ができて成長し、ナノ粒子が集まってコロイドの集合体をつくります。最終的には、固体として沈殿するか、ゲル状になります。初期の結合反応は比較的速く、逆方向にも進みやすいとされています。一方、より複雑な構造やナノ粒子ができる段階は、元に戻りにくいと説明されています。
オルトケイ酸の安定性に影響する物理化学的な要因として、著者らは次のものを挙げています。オルトケイ酸の初期濃度、pH、温度、ミネラル分の濃度、イオン強度(水に溶けたイオンの量や電荷の大きさを表す指標)、非晶質シリカに対する過飽和の度合い、カルシウムやマグネシウムなど複数の電荷をもつ陽イオンの量、その条件下に水が置かれる時間、接触する表面の有無です。著者らはこれらを、主な作用の仕組みに応じて三つのグループに分類しました。どこまで反応が進みうるかに関わる熱力学的な要因、反応の速さに関わる速度論的な要因、そしてコロイドの安定性や表面での相互作用に関わる要因です。
製造工程についても、著者らは影響を及ぼしうる場面を一つずつ検討しています。対象としたのは、水の採取、輸送と貯留、空気との接触(エアレーション)、ろ過と冷却、炭酸ガスの注入、設備や容器との接触、製品の保管です。炭酸ガスについては、元の水のpHやアルカリ度、ミネラル分の濃度、カルシウムやマグネシウムの量などによって作用が異なるため、安定化させるとも不安定化させるとも一概には言えないとしています。設備の表面がケイ素に与える影響については、既存の文献に情報がないと述べています。容器についても、ガラスとPETでは材質の性質が大きく異なるものの、どちらがオルトケイ酸の保持に有利かは実験してみなければ判断できないとしています。
最も重要な指摘は、製造工程の条件によって、ケイ素の総濃度がほとんど変わらないまま、各形態の比率だけが変わりうるという点です。保管中のゆっくりした反応でも、数か月のあいだにケイ素の形態の構成が変わる可能性があります。この推測は、モデル水溶液でオルトケイ酸の濃度変化が10日ほどで観察されたという先行研究に基づいています。
この研究が示すこと
著者らの結論は、製造工程がオルトケイ酸の保持に与える影響を評価するには、ボトル詰めの前後でケイ素の総量を比べるだけでは不十分だというものです。総量が一定でも、単量体の割合が減り、オリゴマーやコロイドの割合が増えている可能性があります。また、井戸から汲んだ水と最終製品だけを比べても、どの工程で望ましくない変化が起きたのかは特定できません。そのため論文は、各工程の後と規定の保管期間中に、ケイ素の形態を段階ごとに確認する必要があると結論づけています。
この研究は、ケイ素を含むボトル入りミネラルウォーターの品質を考えるうえで、「どれだけ含まれているか」に加えて「どのような形で含まれているか」を測り、表示する視点が必要であることを示しています。ここで示された要因や仕組みは文献をもとにした理論的な整理です。著者ら自身も、実際の天然ミネラルウォーターで実験的に確かめる必要があると述べています。
原著論文の著者・所属:Олена Олександрівна Коваленко(Одеський національний технологічний університет, м. Одеса)、Роман В. Березецький(Одеський національний технологічний університет, м. Одеса)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Олена Олександрівна Коваленко, Роман В. Березецький. СТАБІЛЬНІСТЬ ОРТОКРЕМНІЄВОЇ КИСЛОТИ У ФАСОВАНИХ МІНЕРАЛЬНИХ ВОДАХ: ФІЗИКО-ХІМІЧНІ ЧИННИКИ, ТЕХНОЛОГІЧНІ ПРОЦЕСИ ТА АНАЛІТИЧНИЙ КОНТРОЛЬ. Scientific Works 2026-09-28. DOI: 10.15673/swonaft.v90i1.3610. 原著ライセンス:CC BY.