著者の所属・活動拠点の国は、ブラジル、フランスです。
掲載誌:Waste and Biomass Valorization
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
南米原産のマツ科針葉樹アラウカリア・アングスティフォリア(ブラジルマツとも呼ばれる)は、種子(ピニャオンと呼ばれる食用の松の実)を採ったあとに、松ぼっくりの苞(松かさを構成するうろこ状の部分)が大量に残ります。この苞は松ぼっくり全体の約80%を占めるにもかかわらず、そのまま環境中に捨てられているのが実情です。今回紹介する研究は、この未利用の副産物から得られる抽出物をカプセル化する技術を検証したもので、ブラジル・カシアス・ド・スル大学とフランス・リヨン第一大学の研究チームによって行われ、ウェイスト・アンド・バイオマス・バロリゼーション誌に2026年8月に掲載予定です。
研究グループはこれまでに、この苞の水抽出物にカテキンやエピカテキン、メトキシテクトリゲニン、ジヒドロケルセチン、ビフラボノイドの一種であるアメントフラボンといったフェノール化合物が豊富に含まれ、抗酸化作用や抗遺伝毒性作用を持つことを報告してきました。ただし、フェノール化合物には弱点があります。胃や腸の消化液、アルカリ性の環境、消化酵素や胆汁酸にさらされると不安定になりやすく、摂取しても十二指腸で吸収されるのはわずか5〜10%程度にとどまるとされています。せっかくの有用成分も、体内にきちんと届かなければ意味がありません。そこで研究チームは、この抽出物を「マイクロカプセル」という微小な粒子に閉じ込めることで、消化管を通過する間の分解を防ぎ、体に取り込まれやすくできないかを調べました。
どのように抽出物を粒子に閉じ込めたのか
研究では、ブラジル・カシアス・ド・スルで採集した苞を粉砕し、水で還流抽出したのち凍結乾燥して粉末状の抽出物(AAE)を得ました。この抽出物には1グラムあたり423.0±4.0ミリグラムのポリフェノールと、0.89±0.04マイクログラム(1ミリグラムあたり)のカテキンが含まれていたとされています。
この抽出物を、噴霧乾燥(スプレードライ)という手法で粒子化しました。壁材(コーティング剤)として使われたのは、甲殻類由来の多糖であるキトサン(CHI)を基本に、マルトデキストリン(MD)またはアラビアガム(AG)を組み合わせた3種類の配合です。具体的には、マルトデキストリンとキトサンを6対1で混ぜたもの、同じ組み合わせを4対1にしたもの、そしてアラビアガムとキトサンを6対1で混ぜたものです。噴霧乾燥は入口温度150℃前後、出口温度80℃前後という条件で行われました。
できあがった粒子は、レーザー回折による粒子径測定、走査型電子顕微鏡(SEM)による形状観察、熱重量分析による水分量測定などで詳しく調べられました。その結果、粒子の平均径はいずれの配合でも4.80〜5.54マイクロメートルとそろっており、水分含量は4.63〜6.91%、製造の歩留まり(収率)は42〜52%程度でした。歩留まりがやや低めだったのは、キトサンの粘性のために装置内で材料が付着しやすかったことが要因として挙げられています。SEM観察では、いずれの配合の粒子表面にもしわが寄ったようなくぼみが見られましたが、これは噴霧乾燥時に水分が急速に蒸発することで生じる一般的な現象とされ、抽出物を加えても粒子の形状自体は大きく変わらなかったとのことです。
フェノール化合物はどれだけ守られ、どれだけ吸収されやすくなったか
抽出物がどれだけ効率よく粒子内に閉じ込められたか(カプセル化効率)を調べたところ、総フェノール化合物・カテキンともにほぼ100%に近い値が得られました。これは、フェノール化合物が持つ複数のヒドロキシ基が、水素結合などを介して壁材の多糖と結びつきやすいことに加え、アラビアガムとキトサンの組み合わせでは、負に帯電したアラビアガムと正に帯電したキトサンのアミノ基が電気的に結びついて安定した複合体(ポリ電解質複合体)を作ることが関係していると考察されています。
次に、口・胃・小腸の消化を模した実験(in vitro消化試験)で、フェノール化合物がどれだけ「生体アクセス可能」な状態、つまり吸収されうる形で消化液中に残るかを調べました。その結果、マイクロカプセル化した抽出物では消化後も90%を超えるフェノール化合物が生体アクセス可能な状態を保ち、抗酸化活性(DPPHラジカル消去活性で評価)もカプセル化していない抽出物と比べて維持されていたと報告されています。
また、胃液・腸液を模した液の中での放出挙動を24時間かけて調べたところ、配合によって放出パターンが異なりました。アラビアガムとキトサンの組み合わせでは、キトサンとアラビアガムが電気的に結びついて粘弾性のある膜を作ることで放出を制御していると考えられる一方、マルトデキストリンとキトサンの組み合わせでは、酸性条件下でキトサンが膨潤してゲル状のマトリクスを形成することが放出挙動に影響しているとされています。放出データを数理モデル(コースマイヤー・ペッパスモデル、ヒグチモデル)に当てはめた解析では、いずれの配合でもフェノール化合物は主に分子の拡散(フィックの拡散則に従う挙動)によって放出されていることが示唆されました。
安全性の初期評価として、ヒト腸管由来のCaco-2細胞(小腸の細胞に自然に分化する培養細胞)を用い、抽出物を含む粒子を0.3〜600マイクログラム/ミリリットルの濃度で作用させる実験も行われました。MTT法による細胞生存率のほか、活性酸素種(ROS)、一酸化窒素(NO)、細胞外への二本鎖DNA放出量を指標に調べたところ、試験した濃度範囲では急性の細胞毒性は認められなかったと報告されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、これまで廃棄されてきた松ぼっくりの苞という農業残渣を、機能性食品や治療応用の原料として活用しうる可能性を示すものと位置づけられます。研究チームは、こうした廃棄物の価値化にナノテクノロジーを応用することが、持続可能な農業や地域の生物多様性の付加価値利用を通じて、持続可能な開発目標(SDGs)にも資すると述べています。
一方で、著者らは分析上の留意点も挙げています。一部の配合ではカテキンの回収率が100%をわずかに上回る値(109.1%、108.7%)となりましたが、これは実際にカテキン量が増えたことを意味するのではなく、粒子マトリクス内での結合状態が抽出効率に影響した可能性、あるいは分析上の何らかの干渉が生じた可能性があるとされ、質量分析(LC-MS)による詳細な確認は行われていないため、確定的な結論ではなく今後の検討課題として提示されています。また、今回報告されたカプセル化効率は、粒子から抽出したフェノール化合物の回収量をもとに算出した「見かけの効率」であり、粒子表面に存在する成分量を別途独立して測定したわけではないため、分析上のばらつきによりわずかに過大評価されている可能性も否定できないとしています。さらに、放出挙動の数理モデルへの当てはめも、決定係数が0.90〜0.96程度にとどまり、いずれのモデルも放出過程の複雑さを完全には説明しきれていない点が指摘されています。これらはあくまで一つの研究が示した結果であり、ヒトでの効果や実用化の可能性を確定づけるものではない点に留意が必要です。
まとめ
この研究は、通常は捨てられてしまうアラウカリア・アングスティフォリアの苞から得た抽出物を、キトサンを軸としたマイクロカプセルに閉じ込めることで、フェノール化合物の安定性と消化管内での生体アクセス可能性を高められる可能性を示したものです。壁材の組み合わせ(マルトデキストリンとキトサン、あるいはアラビアガムとキトサン)によって放出のされ方が異なることも確認されており、今後、食品や医薬分野での応用に向けたさらなる検証が期待される段階の基礎研究といえます。
原著論文の著者・所属:Carina Cassini(Laboratório de Estresse Oxidativo e Antioxidantes, Instituto de Biotecnologia, Universidade de Caxias do Sul, Caxias do Sul, RS, Brazil)、Jacqueline Resende de Azevedo(LAGEPP UMR 5007 CNRS, Universite Claude Bernard Lyon 1, Villeurbanne, France)、Daniel Maurer Ferreira(Laboratório de Estresse Oxidativo e Antioxidantes, Instituto de Biotecnologia, Universidade de Caxias do Sul, Caxias do Sul, RS, Brazil)、Claire Bordes(LAGEPP UMR 5007 CNRS, Universite Claude Bernard Lyon 1, Villeurbanne, France)、Aliseá Vignal(LAGEPP UMR 5007 CNRS, Universite Claude Bernard Lyon 1, Villeurbanne, France)、Mirian Salvador(Laboratório de Estresse Oxidativo e Antioxidantes, Instituto de Biotecnologia, Universidade de Caxias do Sul, Caxias do Sul, RS, Brazil)、Valéria Weiss Angeli(Laboratório de Pesquisa e Desenvolvimento de Medicamentos e Cosméticos, Centro de Ciências da Vida, Universidade de Caxias do Sul, Caxias do Sul, RS, Brazil)、Marie‐Alexandrine Bolzinger(LAGEPP UMR 5007 CNRS, Universite Claude Bernard Lyon 1, Villeurbanne, France)、Cátia Santos Branco(Laboratório de Estresse Oxidativo e Antioxidantes, Instituto de Biotecnologia, Universidade de Caxias do Sul, Caxias do Sul, RS, Brazil)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Carina Cassini, Jacqueline Resende de Azevedo, Daniel Maurer Ferreira, et al. Microencapsulation of Araucaria angustifolia bract extract: protection and bioaccessibility of phenolic compounds in chitosan-based systems. ウェイスト・アンド・バイオマス・バロリゼーション (2026). DOI: 10.1007/s12649-026-03759-w. 原著ライセンス: cc-by.