中国を代表する銘茶のひとつ、武夷岩茶(ぶういがんちゃ)は「岩韻花香」と呼ばれる濃厚な花香とコクのある味わいで知られています。しかし茶産地では収穫期に長雨が続くと、早朝の茶葉表面に露が付着した「露つき葉」を摘まざるを得ないことがあります。こうした葉から作られた茶は、伝統的に青臭さ(グラッシーな異臭)が出やすいとされてきましたが、その原因となる香り成分や、なぜ人がその臭いを不快に感じるのかという仕組みは、これまで詳しく解明されていませんでした。この研究は、福建農林大学園芸学院などの研究者らが、露が武夷岩茶の香り形成に与える影響を化学分析と感覚評価の両面から突き止めようとしたものです。
研究チームは、同じ茶園で同じ日(2026年4月27日、原文では2025年4月27日)に収穫した水仙(すいせん)品種の茶葉を用い、人工的に条件をそろえた比較実験を行いました。片方は晴天下で摘んだ「露なし葉」(水分含量77.31%)、もう片方は収穫前に1時間葉に水を吹きかけて露を模した「露つき葉」(水分含量82.34%)で、いずれも同じ製茶工程(萎凋・揺青・殺青・揉捻・乾燥)を経て茶に仕上げられました。できた茶は、9名のパネリストによる定量的記述分析(QDA)で花香・果香・甘い香り・木質香・青臭さの5項目を10段階で評価したほか、HS-SPME-GC-MS(ヘッドスペース固相マイクロ抽出とガスクロマトグラフィー質量分析)で香り成分を網羅的に分析し、さらにGC-O(ガスクロマトグラフィー嗅覚測定)という、分離した成分を実際に人の鼻で嗅いで香りの強さや質を判定する手法も組み合わせています。
露つき葉の茶は何が違ったのか
官能評価では、露なし葉から作った茶(DF)は艶のある締まった茶葉と明るい橙黄色の水色を示し、味はまろやかですっきりしており、花香・果香が豊かで持続的でした。一方、露つき葉から作った茶(DS)は茶葉の締まりや艶が劣り、水色はやや暗く、味は薄く、花香・果香が弱いうえに明確な青臭さを伴っていました。香りの総合評価点はDFが8.57、DSが5.16とDSで有意に低く、青臭さの強さは総合評価の点数と強い負の相関(相関係数-0.97)を示したといいます。
GC-MS分析では、両者合わせて125種類の香り成分が検出され、エステル類・アルデヒド類・テルペン類・アルコール類など8つのグループに分類されました。DFではリナロールやゲラニオール、フェニルエチルアルコールなど花香・甘い香りに関わる成分が多く、香り成分の総量も15,273.44µg/kgとDS(7,861.03µg/kg)よりかなり多く含まれていました。対してDSでは、アルデヒド類の相対的な割合が増えており、特にヘキサナールの含有量はDFの2.46倍、(E,E)-2,4-ヘプタジエナールはDFの2.70倍に達していました。研究チームは、これらのアルデヒド類が油脂(不飽和脂肪酸)の酸化、いわゆる脂質過酸化によって生じたものと考えられるとしています。具体的には、リノール酸やα-リノレン酸がリポキシゲナーゼ(LOX)という酵素で酸化されてヒドロペルオキシドとなり、それがヒドロペルオキシドリアーゼ(HPL)によって切断されることで、ヘキサナールや(E,E)-2,4-ヘプタジエナール、オクタナール、ヘプタナールといったアルデヒドが生成する経路が想定されています。
青臭さの「主犯」はどの成分か
研究チームはさらに、香り成分の量(rOAV、成分濃度をヒトの感知閾値で割った値で1を超えると香りへの寄与が大きいとされる指標)や、GC-Oで実際に鼻で感じた香りの強さ(0~10点で6点以上を「感覚的に有意」とする基準)などを組み合わせ、香り全体への寄与が大きい16種類の重要成分を絞り込みました。その中で、(E,E)-2,4-ヘプタジエナール(青臭い・脂っぽい・魚臭い)、オクタナール(脂っぽい・青臭い・石鹸様)、ヘキサナール、ヘプタナール(いずれも脂っぽい・青臭い)の4成分が、DSの青臭さを主に担う成分として特定されました。実際に香り添加・除去実験を行ったところ、(E,E)-2,4-ヘプタジエナールを添加すると青臭さが顕著に強まり、さらにこの4成分を組み合わせて加えると、単独添加よりも青臭さが強まる相加的な効果が確認されたとしています。
加えて、この研究では分子ドッキングという計算シミュレーション手法を用い、これら4つの香り成分が人の嗅覚受容体(OR1A1、OR10J5など)とどのように結合するかを予測しています。その結果、いずれの成分も水素結合や疎水性相互作用を介して受容体と結合し、結合エネルギーはいずれも-4.7kcal/mol未満(結合が安定していることを示す値)と算出され、これらの成分が実際に嗅覚受容体を活性化し、青臭さの知覚に関与しうることが示唆されました。
この研究を読むうえでの注意
この研究は、特定の茶園で栽培された水仙品種の茶葉を用い、露を人工的に再現した条件下での比較実験に基づくものです。実際の降雨や自然の露が付着した茶葉、あるいは他の品種や産地でも同様の結果になるかどうかは、この研究だけでは分かりません。また、分子ドッキングはコンピュータ上での結合予測であり、実際の嗅覚受容体タンパク質を用いた実験的な検証ではない点にも留意が必要です。今回得られた知見は、露つき葉を用いた製茶における品質管理や工程改善の科学的な手がかりを示すものであり、一つの研究として今後さらに検証が重ねられていく段階にあるといえます。
研究チームは福建農林大学(中国)の園芸学院および安渓茶学院に所属しており、この研究に日本の研究機関や著者は含まれていません。
今回の知見は、茶の香りが原料の状態(露の有無など)と製茶工程の両方によって左右されることを、化学分析と感覚評価、さらには受容体レベルの結合予測まで組み合わせて示した点に特徴があります。露つき葉をどう扱うかという伝統的な経験則の背景に、脂質酸化由来のアルデヒド類という具体的な化学的要因があることが、あらためて裏付けられた形です。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Chengjiang Wei, Weiwei Wu, Zhechen Han, et al. Elucidation of Grassy Off-Odor Formation in Wuyi Rock Tea Processed from Dew-Soaked Leaves via GC–MS, Molecular Docking, and Sensory Evaluation. フーズ (2026). DOI: 10.3390/foods15162894. 原著ライセンス: cc-by.