日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

冷蔵庫に入れておいた魚が、ある時点を境に急に生臭くなる経験は多くの人にあるはずです。魚の腐敗は微生物の増殖によって進むことは知られていますが、どの微生物がいつ主役交代し、どんな仕組みで臭いのもとになる物質が作られるのかは、実はまだ十分に解明されていませんでした。今回、日本のマアジ(Trachurus japonicus)を対象に、微生物の種類だけでなく、遺伝子・タンパク質・代謝物までを一括で調べる『マルチオミクス』という手法を使い、腐敗が進む過程を段階ごとに追跡した研究が報告されました。

何を、どうやって調べたのか

研究チームはマアジを4℃で保存し、保存期間中の変化を4つの解析手法で多角的に調べました。具体的には、細菌の種類を調べる16S rRNAアンプリコンシーケンシング、細菌の持つ遺伝子全体を網羅的に読む(ショットガン)メタゲノム解析、タンパク質の変化を追う1D SDS-PAGEおよび2D-PAGEとnanoLC-MS/MSによるプロテオーム解析、そしてCE-TOFMSという手法を使った代謝物(メタボローム)解析です。単に『どんな菌がいるか』を見るだけでなく、菌が持つ遺伝子や、実際に作られるタンパク質・代謝物まで段階的に追うことで、腐敗が進む生化学的な仕組みそのものに迫ろうとした点がこの研究の特徴です。

研究でわかったこと

解析の結果、保存開始から48時間というタイミングに、微生物の構成が大きく切り替わる『腐敗スイッチ』とも呼べる転換点があることが示されました。この時点を境に、特定腐敗菌(SSO:specific spoilage organisms)と呼ばれる腐敗に関与する細菌群が優勢になっていくとされています。

さらにメタゲノム解析からは、この腐敗菌の遺伝子の中にRhoGTPase活性化タンパク質(RhoGAP)のオルソログをコードする遺伝子が増加していることが見つかりました。論文では、この遺伝子が宿主(魚側)の細胞骨格を壊す働きに関与している可能性があるとされています。細胞骨格が壊れることで、細菌の持つペプチダーゼ(タンパク質分解酵素)によるタンパク質の分解が広範囲に進みやすくなり、栄養分の漏出と腐敗の進行を加速させている可能性が示唆されました。

そしてこの後、C5分岐二塩基酸や分岐鎖アミノ酸の代謝が同時に活発化し、分解されて放出されたアミノ酸が大量に、プトレシンやトリメチルアミンといった強い異臭を放つ物質へと変換されていく流れが確認されたとしています。研究チームはこの一連の流れを、病原性のある細菌に似た戦略を腐敗菌が用いている可能性がある新しい腐敗のパターンとして位置づけています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この研究は日本の研究グループが主導したものです。著者らは日本大学生物資源科学部食品科学工学科食品微生物学研究室(神奈川県藤沢市)に所属しており、筆頭著者・責任著者を含む全著者がこの研究室に属していることから、日本主導の研究であるといえます。対象となったマアジも日本の食卓になじみの深い魚です。

今回の知見は、4℃という特定の保存条件下でのマアジという一つの魚種を対象にした結果であり、他の魚種や異なる保存温度・条件でも同様の『腐敗スイッチ』や仕組みが働くかどうかは、この研究だけでは分かりません。あくまで一つの研究で得られた知見であり、ここで示された仕組みが確定した結論というわけではない点には留意が必要です。研究チーム自身も、今回の発見を今後の食品保存技術の開発に向けた土台となる可能性があるものとして位置づけています。

まとめ

今回の研究では、マアジの腐敗が保存48時間を境に急激に進む可能性があること、そしてその背景に細菌の遺伝子変化・タンパク質分解・アミノ酸代謝が連鎖的に関わっている可能性があることが、複数のオミクス解析を組み合わせることで示されました。腐敗という身近な現象の裏側にある生化学的な流れを段階的に描き出した点は、今後の食品保存や鮮度管理を考えるうえで参考になる基礎研究といえそうです。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Daisuke Kyoui, Toranosuke Aoki, Hideki Genda, et al. Integrated multi-omics reveal the spoilage dynamics of Japanese horse mackerel (Trachurus japonicus): Insights into microbial succession and metabolite progression. フューチャー・フーズ (2026). DOI: 10.1016/j.fufo.2026.101163. 原著ライセンス: cc-by-nc-nd.