著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Food Chemistry: X
ライセンス: CC BY-NC-ND 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
中国には地域ごとに個性豊かな発酵豆腐がある。なかでも雲南省石屏(せきへい)で作られる『酸漿(さんしょう)発酵臭豆腐』は、豆腐乳を凝固させる際に一般的な塩化マグネシウムやにがりではなく、大豆ホエーを発酵させた酸漿(酸っぱい発酵液)を凝固剤として使う点が特徴的だ。この酸漿には土地固有の微生物が住み着いており、それが凝固だけでなく、その後の発酵にも関わっているとみられている。今回紹介する研究は、この酸漿発酵臭豆腐の香りの正体と、そこに関わる微生物の顔ぶれを、機器分析とDNA解析の両方から描き出そうとしたものだ。掲載誌はフード・ケミストリー:エックスで、2026年8月に掲載予定となっている。
何を、どうやって調べたのか
研究チームは、石屏の現地にある4つの製造工場(SP-A、SP-B、SP-C、SP-Dと呼称)から、それぞれ食べ頃まで発酵させた臭豆腐を採取した。各工場につき3個体ずつ、合計12サンプルを液体窒素で急速凍結し、-80℃で保存して分析に用いている。製造の流れとしては、大豆を洗浄・浸漬してから磨砕・濾過して豆乳を作り、加熱凝固させた豆腐を圧搾して水分80〜85%・厚さ約1cmのブロックにし、0.6%の食塩水で処理したのち常温で8時間乾燥、さらに小片に切り分けて25℃・湿度70%で5日間自然発酵させるという手順が示されている。なお著者らは、4工場は同じ地域の酸漿発酵という枠組みの中での『工場間のばらつき』を見るために選ばれたものであり、原料や酸漿の微生物、発酵環境、生産規模といった個々の要因を切り分けて実験的に統制したわけではないと断っている。
香り成分の分析にはヘッドスペース固相マイクロ抽出とガスクロマトグラフィー質量分析(HS-SPME-GC-MS)を用い、検出された物質については『相対的なにおい活性値(ROAV)』という指標で、におい寄与の大きさを推定した。これは各成分の相対存在量とにおい閾値(人が感じ取れる最小濃度の目安)から算出する相対的な値であり、絶対的な濃度に基づくものではない点が明記されている。微生物側は、16S rRNA遺伝子(細菌用)とITS領域(真菌用)を対象にした次世代シーケンサーによる網羅的な解析(アンプリコンシーケンシング)で群集構成を調べた。
研究でわかったこと
GC-MS分析では合計418種類もの揮発性有機化合物が検出され、エステル類、アルコール類、アルデヒド類、ケトン類、炭化水素、酸類、硫黄化合物、フェノール類、芳香族化合物、複素環化合物に分類された。4工場すべてに共通して存在した成分は354種類にのぼり、これが石屏臭豆腐の『共通の香りの土台』と位置づけられている。一方で工場ごとに数個ずつ固有の成分も見つかっており(SP-Aで5種、SP-Bで4種、SP-Cで4種、SP-Dで3種)、主成分分析でも4つの工場のサンプルははっきりと分かれてクラスターを作った(第1・第2主成分で全体のばらつきの72.43%を説明)。
存在量が多かった成分としては、フェノールがSP-A(23.5%)とSP-D(24.59%)で突出して多く、これは燻したような、刺激的な、薬品のような香りに関わるとされる。ただし『量が多い成分』と『香りへの寄与が大きい成分』は必ずしも一致しない。ROAV分析で香りへの寄与が特に大きいと推定されたのは、2-チオフェンメタンチオール(焼けたような・肉のような香り、ROAV=100で最高値)、2-メチルイソボルネオール(土っぽい・カビ臭い香り)、5-エチル-3-ヒドロキシ-4-メチル-2(5H)-フラノン(甘い・カラメルのような香り)などで、これらは存在量自体はトップ30に入らない場合もあるが、においを感じ取れる閾値が極めて低いために寄与が大きいと推定された。(Z)-6-ノネナールや(E)-2-ノネナールといった不飽和アルデヒド類も同様に、量は少なくても閾値の低さゆえに香りへの影響が大きいと見積もられている。
微生物の解析では、細菌はプロテオバクテリア門、バクテロイデス門、フィルミクテス門が中心で、属レベルではアシネトバクター属、シュワネラ属、クリセオバクテリウム属、シュードモナス属などが優勢だった。真菌はアスコマイコタ門(子嚢菌)とバシディオマイコタ門(担子菌)が中心で、属レベルではリスルス属、カンジダ属、クラドスポリウム属、フザリウム属などが検出された。工場ごとに特徴的な菌も異なり、たとえばSP-Aではマクロコッカス属やスタフィロコッカス属、SP-Bではシュードモナス属やアシネトバクター属が目立つといった違いがみられた。共通して全工場から検出されたOTU(操作的分類単位)は細菌でわずか8個、真菌で6個にとどまり、逆に工場ごとに固有のOTUは数百に及ぶものもあった(例:SP-Bで細菌478個・真菌261個)。これは、各工場に根付いた微生物相がかなり個性的であることを示している。
さらに、微生物の属と香り成分との相関analysis(スピアマン相関)では、カンジダ属やピキア属などの酵母がアルコール類やエステル類と正の相関を示し、シュードモナス属やスフィンゴバクテリウム属が2-チオフェンメタンチオールや2-メチルイソボルネオールといった香気活性成分と正の相関を示す、といった対応関係が見つかった。ラクトバチルス属(乳酸菌)などは有機酸やケトン類、エステル類と正の相関を示している。
この研究の読み方・限界
著者らは複数の重要な留保を明記している。まず、相関分析はあくまで『統計的な関連』を示すものであり、どの微生物がどの香り成分を実際に作り出しているかという因果関係を証明するものではない。相関に多重検定の補正やP値の足切りも適用しておらず、あくまで今後の仮説を立てるための材料だと位置づけている。また、今回の解析は属レベルまでのアンプリコンシーケンシングであり、菌株レベルでの同定や安全性評価は行われていない。将来こうした微生物をスターター菌として実用化するには、菌株の単離・同定、ゲノムに基づく安全性評価(毒素や薬剤耐性遺伝子の有無など)、そして接種発酵による検証実験が必要だと著者らは述べている。加えて、化合物の同定はライブラリ照合や保持指数に基づく推定であり、すべての成分について標準品を使った絶対定量を行ったわけではない点、4工場という研究デザインでは原料や発酵環境など個々の要因の影響を分離できない点も限界として挙げられている。なお、本研究や著者の所属に日本の研究機関との関わりを示す記述はなかった。
まとめ
この研究は、雲南省石屏の酸漿発酵臭豆腐について、香り成分と微生物叢の全体像を初めて体系的に描き出した記述的な調査であり、418種類の揮発性成分や、硫黄化合物・複素環化合物・不飽和アルデヒドなどが香りに強く関わる可能性を示した。また細菌・真菌の群集構成が工場ごとに大きく異なることも明らかになった。ただしこれは一つの観察研究であり、微生物と香り成分の関係は仮説の段階にとどまる。今後、菌株レベルでの検証や接種発酵実験を通じて、実際にどの微生物がどの香りを生み出しているのかを確かめていくことが課題として残されている。
原著論文の著者・所属:Yanhui Xu(College of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, China; 3Hunan Provincial Key Laboratory of Soybean Products Processing and Safety Control, Shaoyang, China)、Lanfeng Ji(College of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, China)、Ting Liu(College of Preschool Education and Health Care, Xiangzhong Normal College For Preschool Education, Shaoyang, China)、Lvjun Qian(College of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, China)、Haoyu Zhou(College of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, China)、Canying Zhuang(College of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, China)、Hao Chen(College of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, China; 3Hunan Provincial Key Laboratory of Soybean Products Processing and Safety Control, Shaoyang, China; Industry Research Institute of Shiping Tofu, Shiping, China)、Xiaohu Zhou(College of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, China; 3Hunan Provincial Key Laboratory of Soybean Products Processing and Safety Control, Shaoyang, China; Industry Research Institute of Shiping Tofu, Shiping, China)、Liangzhong Zhao(College of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, China; 3Hunan Provincial Key Laboratory of Soybean Products Processing and Safety Control, Shaoyang, China; Industry Research Institute of Shiping Tofu, Shiping, China)、Xiaojie Zhou(College of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, China; 3Hunan Provincial Key Laboratory of Soybean Products Processing and Safety Control, Shaoyang, China; Industry Research Institute of Shiping Tofu, Shiping, China; Corresponding authors at: Department of Food and Chemical Engineering, Shaoyang University, Shaoyang, Hunan 422000, PR China.)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Yanhui Xu, Lanfeng Ji, Ting Liu, et al. Volatile aroma profiles and associated microbiota of Yunnan Shiping sour-pulp-fermented stinky tofu. フード・ケミストリー:エックス (2026). DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104217. 原著ライセンス: cc-by.