ワインやヨーグルトのように、乳酸菌による発酵は昔から食品の風味や保存性を高める手段として使われてきました。中国新疆に伝わる「ムナゲ」というブドウの果汁を乳酸菌で発酵させると、果汁の中の成分がどのように移り変わっていくのか。この研究は、その過程を時間を追って細かく観察したものです。ブドウ果汁の発酵というと単純な工程に思えますが、実際には数百種類もの化学成分が刻々と入れ替わっており、その全体像を捉えるのは簡単ではありません。
研究チームはまず、10種類の市販乳酸菌株の中から、発酵中に細胞外多糖(EPS)と呼ばれる粘性のある多糖類を多く作る菌を段階的に選び出しました。最終的に選ばれたのはLactobacillus acidophilusとLactiplantibacillus plantarumの2種で、これらを1対1の割合で混合培養しています。さらに応答曲面法という統計手法を使い、接種量2.5%(体積比)、初発pH5.9、温度37℃、発酵時間32時間という条件を最適な組み合わせとして導き出しました。この条件下でのEPS生成量は1.26±0.02 g/Lだったと報告されています。
発酵の進み方を時間帯ごとに追跡
研究では、対象を絞らずに検出できる成分を幅広く分析する「非標的メタボロミクス」という手法を用い、発酵開始から40時間にわたる代謝物の変化を追跡しました。その結果、発酵の進行は大きく3つの段階に分けられることが示されています。
発酵初期(0〜16時間)では、糖代謝に関わるピルビン酸代謝の経路が活発になり、乳酸やクエン酸といった有機酸が急速に増えたとされています。これによって果汁のpHが低下し、望ましくない微生物の増殖が抑えられる環境が作られたと考えられています。
続く中期(16〜32時間)になると、フェニルプロパノイド生合成やグルタチオン代謝といった経路が連動して活性化し、クマル酸やイソオイゲノールといったフェノール酸、フラボノイド類、さらにN-アセチルグルタミン酸やHis-Trp-Pheといったアミノ酸誘導体が明確に増加したことが確認されています。これらの成分の増加は、抗酸化に関わる活性や風味のもととなる物質の増加につながる可能性があると論じられています。
そして後期(32〜40時間)に入ると、検出される代謝物の変化はほとんど見られなくなり、代謝活動が頭打ちになったとされています。この結果から、研究チームは32時間を発酵の最適な終点として位置づけています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
本研究は、混合乳酸菌によるムナゲ果汁発酵の代謝変化を時間軸に沿って包括的に整理したものであり、機能性発酵飲料の開発に向けた技術的パラメータと理論的な裏づけを提供することを目的としていると説明されています。ただし、これはあくまで一つの研究であり、風味や抗酸化に関わる成分の増加が実際の健康効果や製品としての品質向上に直結すると断定されたわけではありません。今回の実験条件(菌株の組み合わせや温度、pHなど)に基づく知見である点にも留意が必要です。
なお、本研究の責任著者の一人は中国江蘇省農業科学院農産物加工研究所に所属していますが、これは所属機関の情報であり、研究の結論そのものを示すものではありません。
まとめ
この研究は、ムナゲという地域性のあるブドウの果汁を乳酸菌で発酵させる過程を、代謝物レベルで時間を追って可視化した点に特徴があります。発酵初期には有機酸が増えて酸性環境が作られ、中期にはフェノール化合物やアミノ酸誘導体が増加するという流れが示され、32時間という発酵時間が一つの目安として提案されました。今後、こうした知見が発酵飲料の製造条件の検討にどう活かされていくのか、さらなる研究の進展が注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Xin Liu, Luoyizha Wahafu, Jing Lu, et al. Untargeted metabolomics reveals the impact of lactic acid bacteria fermentation on ‘Munage’ grape juice. フード・ケミストリー:エックス (2026). DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104337.