著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

総説のねらい

食品の香りは、空気中に漂う小さな分子(揮発性化合物)を鼻で感じ取ることで生まれます。アルコール類、エステル類、アルデヒド類、ケトン類、テルペン類など多様な成分がありますが、著者らは、分析装置で検出できる揮発性化合物のすべてが香りとして感じられるわけではない点を強調しています。そのため、人が実際に嗅いで確かめる方法などで香りへの寄与が確認された成分だけを「香気活性化合物」と呼び、区別しています。

天然の香り成分は、これまで主に植物からの抽出か化学合成で得られてきました。植物原料は季節や産地、価格、抽出効率に左右され、化学合成品は一部の市場で求められる「天然由来」や「クリーンラベル」(添加物の少ない分かりやすい原材料表示)の要望に応えにくいとされます。そこで、豆類や果物・野菜の残りかすなどを原料に、微生物の発酵で香りをつくる方法が注目されています。

この総説は、酵母を除いた糸状菌(いわゆるカビの仲間)と担子菌(キノコの仲間)に焦点を当て、香りをつくる菌の種類、香りが生まれる代謝のしくみ、発酵の方法、発酵食品での応用を、アジアの発酵食品の例を中心に一つにまとめることを目的としています。著者らによれば、これまでの総説は菌株の探索や個別の代謝経路など一部の側面を扱うものが多く、全体を統合した整理は不足していました。なお、本論文は文献データベースから研究を集めて論じたナラティブレビュー(叙述的総説)であり、体系的レビューではないと明記されています。

香りをつくる主な菌とその役割

著者らは、酵母が主にアルコール発酵やエステルの代謝を通じて風味を形づくるのに対し、糸状菌や担子菌は細胞の外に酵素を盛んに分泌し、複雑な原料の分解、脂質の酸化、フェノール酸やテルペン類の変換などを通じて、より多様な香り成分をつくり得ると整理しています。

コウジカビ(アスペルギルス属)は、しょうゆ、麹、茶などで代表的な菌です。ニホンコウジカビ(A. oryzae)はでんぷんやタンパク質の分解を担い、香りのもととなる成分を放出します。黒麹菌の仲間であるA. nigerはバニリンに関わる変換に関与し、カボチャの皮の発酵研究では食品加工の廃棄物とバニリン生産を結びつける可能性が示されています。茶の「金花」をつくる冠突散嚢菌(Eurotium cristatum)は、白茶の微生物群集を細菌優位から菌類優位へと変え、エステル類やケトン類などを増やすことが報告されています。

クモノスカビ(リゾプス属)は、植物原料の糖化や脂質の変換を担います。著者らは、テンペに使われるR. oligosporusと、中国の酒麹に見られるR. arrhizusを区別して扱っています。ソラマメ粉の発酵比較では、A. oryzaeのほうがうま味に関わる性質を高め、R. oligosporusはエステル類やピラジン類に富むことが示され、両者を組み合わせたスターター設計に補い合う価値があるとされています。

アオカビ(ペニシリウム属)はチーズの風味づくりで知られます。青かびチーズ様の香りを担う2-ヘプタノンや2-ノナノンは、乳脂肪の中鎖脂肪酸からカビの脂肪分解を経て生じます。豆乳を使った研究では、P. roquefortiなどを植えても、豆乳にもともと短鎖・中鎖脂肪酸が乏しいためこれらの成分はできにくく、ココナッツ油を加えると目的の香りが生じたと紹介されています。著者らはここから、植物性チーズで風味がうまく出ない原因は、菌の選び方だけでなく、香りのもとになる原料(前駆体)を設計していないことにもあると指摘しています。

担子菌では、緑茶の浸出液中でチョコレートや麦芽のような香りをつくるMycetinis scorodonius、柑橘の副産物からアニスのような香りのp-アニスアルデヒドをつくるPleurotus sapidus、カシスの搾りかすを使った発酵飲料で花やはちみつのような香りを生むブクリョウ(Wolfiporia cocos)などが挙げられています。白色腐朽菌と呼ばれるキノコの仲間は、バニリンやベンズアルデヒドといった商業的価値のある香り成分をつくれるとされ、著者らは担子菌が天然香料や発酵飲料の生産に向いていると整理しています。

香りが生まれるしくみと発酵の方法

著者らは、菌が香りを変えたという証拠を4段階に分けて考えることを提案しています。純粋培養などで菌が香り成分を直接つくることが示された場合、菌が香りのもとを放出・変換した場合、複数の微生物が混ざった環境で間接的に香りを調整した場合、そして菌の量と香り成分の量に統計的な関連が見られただけの場合です。最後の「相関」だけでは、その菌が香り成分を直接つくった決定的な証拠にはならないと明記しています。

しくみの出発点は、菌が細胞外に出す酵素です。アミラーゼはでんぷんから糖を、プロテアーゼはタンパク質からアミノ酸を、リパーゼは脂質から脂肪酸を切り出し、これらが香りの「材料庫」になります。そこから、糖や有機酸の代謝、脂質の酸化、アミノ酸の分解などを経て香り成分が生まれます。たとえば、キノコらしい香りの1-オクテン-3-オールなど炭素数8の化合物はリノール酸の酸化と分解から生じ、バラの香りの2-フェニルエタノールはアミノ酸のフェニルアラニンから生じます。ヒラタケ(P. ostreatus)を異なる豆や種子の培地で育てると、キノコ様の香りが強まる場合と、麦芽やナッツのような香りが強まる場合があり、培地の成分が香りの方向を左右することが示されています。

発酵の方法として、著者らは固体発酵と液体発酵を比べています。固体発酵は、穀物や豆、ぬか、おからなど、自由な水の少ない固体の上で菌を育てる方法で、菌の自然な生育環境に近く、酵素の分泌や複雑な代謝物づくりを促しやすいとされます。一方、熱や水分が不均一になりやすく、規模を大きくするとばらつきや局所的な過熱、監視の難しさが課題になります。液体発酵は条件の制御や大規模化、成分の回収がしやすく、菌糸体素材や発酵飲料、特定の香り成分の生産に向くとされます。同じR. oligosporusでも、液体発酵ではカラメルや花のような香りの成分が多く、固体発酵では香り成分が少なく比較的穏やかな風味になったという報告が紹介されています。

実際の伝統発酵食品は、単一の菌ではなく、細菌や菌類など多くの微生物が関わる複雑な生態系で香りがつくられます。中国の蒸留酒(白酒)に使われる麹「大曲」の研究では、手作りの大曲は機械製造のものより菌類の多様性が高く、エステル類やアルコール類が豊富だった一方、機械製造品は液化能力や品質の標準化で優れていたと報告されています。また、細菌などを加えて強化した大曲では、カプロン酸エチルが27.2%増え、酢酸エチルが26.6%減ったという研究も紹介されています。著者らは、これらの研究がすべて菌類を中心にしたものではないことを断ったうえで、実際の発酵環境で酵母以外の菌類が果たす役割の範囲を考える参考になるとしています。

この総説が示すこと

この総説から伝わるのは、カビやキノコの仲間による香りづくりが、菌の種類だけで決まるものではないという点です。著者らは、原料に香りのもとが含まれているか、どの発酵方法を選ぶか、ほかの微生物とどう関わるかによって、同じ菌でも生まれる香りが変わることを多くの例で示しています。

同時に、香り形成を制御する分子レベルのしくみはまだ十分に解明されておらず、固体発酵の大規模化にも大きな課題が残ると著者らは述べています。菌の資源、代謝、発酵工程、食品への応用を一つの見取り図にまとめたこの総説は、農産副産物なども活用した持続可能な香り素材づくりを考えるための理論的な土台を提供するものと位置づけられています。

原著論文の著者・所属:Ling Xu(School of Food and Biological Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Jiali Li(School of Food and Biological Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Feng Wang(School of Food and Biological Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Jingya Qian(School of Food and Biological Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Shuhao Huo(School of Food and Biological Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Xianli Gao(School of Food and Biological Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Zhongyang Ding(Key Laboratory of Carbohydrate Chemistry and Biotechnology, Ministry of Education, School of Biotechnology, Jiangnan University, Wuxi 214122, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ling Xu, Jiali Li, Feng Wang, et al. Food Aroma Formation by Filamentous Fungi: Metabolic Pathways and Selected Applications, with Emphasis on Asian Fermented Foods. Foods 2026-10-23. DOI: 10.3390/foods15213793. 原著ライセンス:CC BY.