この研究は、タイ、インドネシアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food Chemistry X
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
日持ちしない人気の野生キノコ
Astraeus odoratus(アストラエウス・オドラトゥス)は、タイ北部・東北部で広く食べられている野生の食用キノコです。独特の食感と風味が好まれています。雨季にしか採れないため、栽培キノコより高値で取引されます。一方で、常温ではおよそ1〜2日しか日持ちしません。呼吸が盛んで水分が多く、乾燥や微生物の侵入を防ぐ保護構造を持たないことが原因です。収穫後は褐変(茶色く変色すること)や乾燥、細胞構造の崩れが進みます。このため国内需要は高いものの、遠くの市場へ出荷することが難しいと著者らは述べています。
キノコの老化は主に酸化によって進みます。過酸化水素などの「活性酸素」が細胞膜の脂質を傷つけ、劣化を早めると考えられています。そこで注目されるのが「短時間の無酸素処理」です。収穫した青果物を一定時間だけ酸素がほとんどない状態に置き、その後は通常の空気中で保存する方法で、アスパラガス、パイナップル、ブロッコリー、ライチ、バナナなどで品質保持効果が報告されてきました。ただし、無酸素状態が長すぎると、嫌気的な代謝でできる物質がたまって組織を傷めたり、異臭の原因になったりします。そのため、品目ごとに条件を調整する必要があります。野生の食用キノコについては、収穫後の処理に関する報告がまだ少ない状況でした。研究チームは、短時間の無酸素処理がこのキノコの収穫後品質にどう影響するかを調べ、あわせて褐変の進み方と組織の酸化の状態も評価しました。
9時間の窒素処理と9日間の保存
研究チームは、タイ・パヤオ県の市場で購入した若い段階のキノコを使いました。直径2.0〜2.5cmで、内部が白く締まったものです。予備実験では、純窒素に9時間さらす処理が、保存中の重量減少と褐変を抑えるうえで最も効果的でした。本実験ではキノコを2群に分け、一方の容器には加湿した純窒素を、もう一方には通常の空気を9時間流し続けました。窒素を流した容器では、酸素濃度が0.05%未満になるまで処理しました。
処理後は、温度10±2℃、相対湿度80〜85%の条件で9日間保存し、3日ごとに状態を調べました。測定項目は、表面と内部の明るさ、褐色色素の量、重量減少、呼吸です。さらに、細胞膜の傷み具合を示す電解質漏出(細胞から外へ漏れ出る成分の割合)、脂質の酸化で生じる物質であるマロンジアルデヒド(MDA)、過酸化水素の量も測りました。褐変にかかわる酵素であるポリフェノールオキシダーゼ(PPO)とペルオキシダーゼ(POD)の活性、総フェノール量、2種類の方法による抗酸化能もあわせて調べています。
変色や膜の傷み、褐変酵素が抑えられた
無酸素処理をしたキノコは、保存6日目と9日目に内部の明るさが対照より有意に高くなりました。表面の明るさと褐色色素の量も処理群のほうがやや良好でしたが、統計的に有意な差ではありませんでした。保存終了時の重量減少は、対照の12.72%に対して処理群は10.93%で、有意に少なくなりました。
細胞膜の傷みでも違いが出ました。電解質漏出は保存終了時に対照で約59.57%まで上がりましたが、処理群では約49.31%にとどまりました。MDAも対照が約15.60μmol/Lまで増えたのに対し、処理群は約10.20μmol/Lでした。過酸化水素も処理群のほうが一貫して低く、保存終了時には対照の0.44mg/g(乾燥重量あたり)に対して約0.35mg/gでした。褐変の主な原因とされる酵素PPOと、褐変や老化にかかわる酵素PODは、どちらも保存中に増えましたが、処理群では保存期間を通じて対照より有意に低く保たれました。
抗酸化能については、一方の測定法(DPPH法)で処理群が一貫して高い値を示しました。もう一方の方法(FRAP法)では有意差はありませんでした。総フェノール量は処理直後にむしろ処理群で低く、その後は有意差がありませんでした。著者らは、処理がフェノール類を保持したとはいえないとしています。呼吸の測定値は保存中に上下しました。著者らは、エタノールなど発酵でできる物質を測っていないため、処理後に発酵的な代謝が起きたかどうかは結論できないと明記しています。
測定項目どうしの関係も分析されました。褐色色素、PPO、MDA、電解質漏出は互いに強く関連しており、酵素による褐変、脂質の酸化、膜の崩れが同時に進んでいたことが示されました。データ全体を要約する主成分分析では、対照のサンプルがこの「劣化・褐変」のまとまりに近く、処理群はそこから離れて位置しました。
低温保存と組み合わせる鮮度保持法として
著者らは、9時間の短時間無酸素処理が10℃前後での保存中にこのキノコの褐変を抑え、品質の維持に役立ったと結論しています。そのうえで、この処理は低温保存と組み合わせて使える、薬剤を使わない環境に配慮した方法であり、日持ちの延長に役立つ可能性があると述べています。流通が地域内に限られてきた野生キノコについて、細胞膜の傷みや褐変酵素の働きといった中身の変化まで含めて、無酸素処理との関係を示した研究です。
著者:Chairat Techavuthiporn(School of Industrial Education and Technology, King Mongkut's Institute of Technology Ladkrabang, Ladkrabang, Bangkok 10520, Thailand)、Amnat Jarerat(Food Technology Program, Mahidol University, Kanchanaburi Campus, Saiyok, Kanchanaburi 71150, Thailand)、Helen Julian(Faculty of Industrial Technology, Institut Teknologi Bandung, Jalan Ganesha 10, Bandung 40132, Indonesia)、Hataitip Nimitkeatkai(School of Agriculture and Natural Resources, University of Phayao, Muang, Phayao 56000, Thailand)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Chairat Techavuthiporn, Amnat Jarerat, Helen Julian, et al. Short-term anoxia improves postharvest quality and reduces browning-related enzyme activity in edible Astraeus odoratus mushroom. Food Chemistry X 2026-09-25. DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104519. 原著ライセンス:CC BY.