ごま油はアジア各地で日常的に使われる食用油ですが、実は原料の産地によって風味に違いがあるとされています。しかし、焙煎という加熱工程を経た後の油から、どの国で作られたものかを化学的に見分ける信頼できる分析手法は、これまで十分に確立されていませんでした。焙煎の過程では油に含まれる成分が大きく変化するため、産地の痕跡をとらえるのは簡単ではないのです。今回紹介する研究は、韓国基礎科学支援研究院(Korea Basic Science Institute)と韓国・西江大学(Sogang University)の研究者らが、香り成分(揮発性化合物)を網羅的に調べることで、この課題に取り組んだものです。
研究チームは、韓国・中国・インドの3つの産地で作られた焙煎ごま油を対象に、HS-SPME-GC×GC/HRMSという分析手法を用いました。これは、油から揮発する香り成分を専用の繊維で吸着し(ヘッドスペース固相マイクロ抽出)、通常より分離能力の高い二次元ガスクロマトグラフィーと高分解能質量分析計を組み合わせて、成分を網羅的に調べる手法です。あらかじめ狙った物質だけを探すのではなく、検出できる揮発性成分をすべて拾い上げる「非標的(アンターゲテッド)」分析である点が特徴です。この分析により、合計205種類の揮発性化合物が同定されました。研究チームは、焙煎によってメイラード反応(加熱時にアミノ酸と糖が反応して香り成分を生み出す反応)が進み、揮発性成分の種類や組み合わせが大きく複雑化することを確認しています。
産地ごとに異なる香りの「指紋」パターン
得られた205種類の成分データを主成分分析(PCA)や階層的クラスタリング分析(HCA)という統計手法で解析したところ、焙煎による大きな化学変化があったにもかかわらず、韓国・中国・インド産のごま油はそれぞれ異なるグループとしてまとまる傾向が示されました。さらに、ClassyFireという化学分類システムを使って揮発性成分を系統立てて分類したところ、炭化水素類や有機酸関連の化合物群の構成比が、産地によって統計的に有意に異なることも確認されています。
研究チームは、統計的に信頼性の高い差を絞り込むため、複数の解析手法を組み合わせたマーカー選定の方法をとりました。具体的には、多重検定の誤りを補正したANOVA(分散分析)による有意差の検定、PLS-DAという判別分析でのVIP(変数重要度)スコア、そしてPCAにおける成分の寄与度(ローディング)の大きさを総合的に評価する方法です。この結果、韓国産や中国産のごま油に特徴的に関連する候補成分がいくつか見いだされました。一方でインド産のごま油については、特定の一つの成分ではなく、複数の成分の組み合わせパターン全体が産地の識別に関わっている可能性が示唆されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、焙煎ごま油の産地を化学的に見分けるための一つの分析事例を示したものであり、この手法だけで産地判別の方法が確立された、あるいはすぐに実用化できることを保証するものではありません。対象となったのは韓国・中国・インドの3産地のごま油に限られており、他の産地や異なる焙煎条件、原料の違いなどについては、この研究の範囲外です。研究チームは、揮発性成分の網羅的な指紋分析(フィンガープリンティング)が、ごま油の真正性確認や産地トレーサビリティに役立つ可能性を示す知見として、今回の結果を位置づけています。
まとめ
今回の研究では、焙煎ごま油に含まれる205種類もの香り成分を高精度の分析機器で網羅的にとらえ、統計解析にかけることで、韓国・中国・インド産のごま油がそれぞれ異なる化学的特徴を持つ可能性が報告されました。焙煎という大きな加熱変化を経てもなお、産地に由来するとみられる違いが検出できたことは興味深い結果ですが、これは一つの研究による知見であり、産地判別の実用的な手法として確立されたと結論づけるものではありません。今後さらに研究が積み重ねられることで、食品の産地表示の信頼性確保などに向けた知見が深まっていくことが期待されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Eunji Jeon, Hee-Jin Yoo, Moonhee Park, et al. Untargeted volatile fingerprinting of sesame oils using HS-SPME–GC×GC/HRMS for geographical origin discrimination. 分析科学技術ジャーナル (2026). DOI: 10.1186/s40543-026-00566-9. 原著ライセンス: cc-by-nc-nd.