この研究は、モロッコ、アメリカ、フランスの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in Nutrition

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

乾燥地の食文化を支えるラクダ乳と、研究の目的

乾燥・半乾燥地域では、ヒトコブラクダ(ドロメダリー)の乳が重要な食料資源として利用されてきました。冷蔵設備や集乳の仕組みが十分に整っていない地域では、乳を発酵させることが保存の手段であると同時に、地域の食文化そのものにもなっています。こうした伝統的な発酵は、市販のスターター(発酵を開始させるために加える微生物)を使わず、生乳や器具、周囲の環境にもともと存在する微生物のはたらきに任せる「自然発酵」によって進みます。

研究チームは、この自然発酵の過程がどのように進行するのかは十分に解明されておらず、とくにチュニジア産のラクダ乳については情報が乏しいと指摘しています。そこで本研究では、チュニジア南部で得られた生のラクダ乳を72時間かけて自然発酵させ、その間に起こる変化を時間を追って総合的に調べることを目的としました。論文によれば、物理化学的な性質、ミネラル組成、糖と有機酸、香りのもとになる揮発性成分、脂肪酸組成、乳酸菌の数、抗酸化・抗菌活性を、一つの実験の枠組みの中で同時に追跡した研究はこれまでなかったとされています。

何をどう調べたか

調査に用いられたのは、チュニジア南部メデニンの実験農場で飼育されている健康な泌乳期のラクダ4頭から、朝の搾乳時に衛生的に採取した生乳です。個体差の影響を抑えるため、搾った乳はまとめて一つの試料とされました。乳は搾乳後5分以内に冷蔵状態で研究室へ運ばれ、すぐに処理されています。

スターターを一切加えずに37℃で72時間おき、0時間(発酵前の生乳)、12時間、24時間、48時間、72時間の5つの時点で試料を採取しました。実験は日を変えて行った3回の独立したバッチで繰り返されています。

測定項目は多岐にわたります。pHや酸度、粘度、水分活性(微生物が利用できる水の割合を示す指標)などの基本的な性質に加え、ナトリウムやカルシウムなどのミネラル、乳糖やブドウ糖、乳酸をはじめとする有機酸が調べられました。香りに関わる揮発性成分は、真空を利用して成分を効率よく捕集するVASE™という手法とガスクロマトグラフ質量分析計を組み合わせて分析されています。さらに、乳酸菌の数を培地で数え、抗酸化力を3種類の試験で、抗菌力は食中毒の原因となる4種の細菌に対する試験で評価しました。抗菌試験では、酸性そのものによる抑制効果と区別するため、試料のpHを中性に戻したうえで測定が行われています。

報告された主な結果

発酵が進むにつれて酸性化が進行し、pHは開始時の約6.84から72時間後には約4.44まで低下し、滴定酸度は約19.35°Dから約96.30°Dへと上昇しました。同時に、粘度は約2.16 cPから約29.73 cPへと大きく増加し、水分活性は約0.9725から約0.9350へ低下しています。一方、タンパク質と脂肪の含量は発酵を通じてほぼ一定に保たれ、固形分はわずかに減少したと報告されています。

ミネラルの動きは成分ごとに異なりました。ナトリウムとマグネシウムは増加し、カリウムとカルシウムは減少した一方で、鉄の濃度は統計的に変化しませんでした。糖と有機酸では、乳糖が約49.4 g/Lから72時間後には約5.3 g/Lまで大きく消費され、それに伴って乳酸が増加し、発酵前には検出されなかったコハク酸が12時間後から現れて増えていきました。研究チームは、こうした変化が微生物の活発な代謝と整合すると述べています。

揮発性成分としては、エタノール、アセトン、酢酸、2,3-ブタンジオン(ジアセチル)、2-ブタノン、アセトイン、2,3-ブタンジオール、ヘキサナールの8種類が同定され、その強度が時間とともに変化しました。発酵開始時にはアセトンと酢酸が目立ちましたが、12時間後にはエタノール、アセトイン、2,3-ブタンジオールが大きく増加しています。脂肪の性質では、脂肪酸に占める飽和脂肪酸の割合が約62.6%から約73.5%へ上がり、不飽和脂肪酸の割合が相対的に下がりました。ただし、脂肪の総量自体は約33 g/Lで変わっていません。

微生物と機能性の面では、乳酸菌数が4.30から8.77 log CFU/mLへと増加し、抗酸化活性と抗菌活性はいずれも時間の経過とともに有意に高まったと報告されています。

この研究が示していること

この研究は、スターターを使わない伝統的なラクダ乳の発酵が、単に酸っぱくなるだけの過程ではなく、酸度・粘度・ミネラルの分布・香り成分・脂肪酸の構成・微生物の数といった多くの側面が同時に、しかも時間とともに段階的に移り変わっていく現象であることを、一つの実験の中で描き出しました。

研究チームは、自然発酵によってこのラクダ乳の加工上の性質や抗酸化・抗菌の性質が向上したとし、伝統的な機能性食品としての可能性を示すものだと結論づけています。地域に根づいてきた食のあり方を、科学的な言葉で理解し直すための手がかりが得られたといえます。

著者:Ahmed Neji(Livestock and Wildlife Laboratory LR16IRA04, Arid Land Institute of Medenine, University of Gabes)、Amna Chahbani(Livestock and Wildlife Laboratory LR16IRA04, Arid Land Institute of Medenine, University of Gabes)、Zeineb Jrad(Food Department, Higher Institute of Applied Biology of Medenine, University of Gabes)、Olfa Oussaeif(Livestock and Wildlife Laboratory LR16IRA04, Arid Land Institute of Medenine, University of Gabes)、Samia Kdidi(Livestock and Wildlife Laboratory LR16IRA04, Arid Land Institute of Medenine, University of Gabes)、Mouhamed Hammadi(Livestock and Wildlife Laboratory LR16IRA04, Arid Land Institute of Medenine, University of Gabes)、Fouad Achemchem(Bioprocess and Environment Team, LASIME Lab., Agadir Superior School of Technology, Ibn Zohr University)、Khaoula Belguith(Analytical, Valorization and Food Safety Laboratory, National Engineering School of Sfax)、Doriane Martin(Laboratoire de Recherche en Génie Industriel Alimentaire (LRGIA), Université de Lorraine)、Halima El-Hatmi(Food Department, Higher Institute of Applied Biology of Medenine, University of Gabes)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ahmed Neji, Amna Chahbani, Zeineb Jrad, et al. Spontaneous fermentation of Tunisian dromedary milk: VASE™-GC–MS volatile profiling, physicochemical and mineral composition, bioactivities, and lactic acid bacteria enumeration. Frontiers in Nutrition 2026-09-09. DOI: 10.3389/fnut.2026.1897549. 原著ライセンス:CC BY.