著者の所属・活動拠点の国は、インドネシア、マレーシアです。

掲載誌:F1000Research

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

認証の有無ではなく、日々の作業に注目した研究

伝統食品は文化遺産の一部であり、地域の暮らしや経済、食の観光を支えています。マレーシアを含む東南アジアでは、伝統食品の多くを家族経営の小規模事業者が作っています。こうした事業者は代々受け継いだ技術に頼ることが多く、標準化された生産手順や文書による管理は必ずしも整っていません。一方で、世界的にハラール製品への需要が高まり、伝統食品の生産がハラールの原則に沿っているかどうかの重要性も増していると著者らは述べています。ハラールとは、イスラームの教えにおいて許されたものを指します。

著者らが分析の枠組みとしたのは「ハラール製品プロセス(HPP)」という考え方です。これは、ある時点で基準への適合を確認する認証とは異なり、原材料の調達から加工、保管、包装に至るまで、生産活動を継続して管理することを重視します。論文によれば、これまでの研究は認証を受けた企業での管理の仕組みや、消費者の意識などを扱うものが中心で、認証を受けていない小規模事業者の日常の生産がハラールの原則とどう関わっているかはあまり調べられてきませんでした。

そこでこの研究は、マレーシア・ヌグリスンビラン州クアラピラのカンポン・テラチにある燻製アヒル(イティック・サライ)の小規模事業者を取り上げました。認証の有無を評価するのではなく、日々の生産活動の中でハラールの原則がどのように実践されているかを明らかにすることを目的としています。

現場の観察と聞き取りによる事例研究

研究は、数値を測ったり因果関係を検証したりするのではなく、実際の現場での作業や判断の様子を理解するための質的な事例研究として行われました。著者らは生産の現場を直接観察し、事業者への半構造化インタビュー(あらかじめ質問の骨組みを決めつつ、話の流れに応じて自由に聞き取る方法)を実施しました。

分析はHPPの枠組みに沿って進められましたが、受け継がれた知識や伝統的な燻製技術、設備や資源の制約など、現場から浮かび上がった要素も解釈に取り入れています。また、観察、聞き取り、資料という複数の情報源を突き合わせることで、結果の信頼性を高めたと説明しています。

受け継がれた手順と、整っていない記録

対象の事業者は約20年にわたり同じ家族が営んでおり、技術は世代から世代へと受け継がれてきました。原料のアヒル肉はスランゴール州の決まった仕入れ先から毎週届き、完成品は幹線道路沿いの店舗で消費者に直接販売されています。

生産は主に手作業で、簡素な道具を使い、洗浄、水への浸け置き、燻製、冷却、包装、冷凍保存という順で進められていました。聞き取りでは、解凍した肉を洗って血を除き、さらに水に浸けて残った血を出し切ることが、燻製前の欠かせない工程だと説明されました。燻製はココナッツの殻の繊維だけを燃料とし、炎に直接当てずに、間接的な熱と煙で数時間かけて行われます。観察期間中、作業員は毎回同じ手順を守っていましたが、文書化された標準作業手順書は見当たらず、長年の経験に基づく習慣として作業が続けられていました。

品質を保つための工夫も一貫して見られました。道具は比較的清潔に保たれ、作業ごとに包丁を使い分け、燻製後は冷ましてから包装し、包装後はすぐに冷凍庫へ移していました。

その一方で、課題も確認されました。作業場は道路沿いの半ば開放された木造の建物で、燻製中のアヒルは覆いのないまま周囲の環境にさらされていました。作業員は手袋やヘアネット、マスクを日常的には着けておらず、衛生的に区切られた作業スペースもありませんでした。さらに、衛生管理や仕入れ先、追跡(トレーサビリティ)に関する記録、品質管理の文書なども確認されませんでした。

伝統の中に組み込まれたハラールの実践

著者らは、この事業者が正式なハラール認証の仕組みを導入していないにもかかわらず、決まった仕入れ先の利用、洗浄と浸け置きによる血の除去、ココナッツ殻を使った伝統的な燻製、冷却・包装・冷凍保存といった実践がHPPの原則と合致していると報告しています。事業者自身はこれらをハラールの要件というより品質を保つ方法として説明していましたが、著者らは、ハラールに沿った実践が生産経験や地域の食文化から自然に生まれうることを示すものだと解釈しています。こうした実践は、宗教的に許されているだけでなく清潔で安全であることも求める「ハラーラン・タイイバン」という考え方にも通じるとしています。

仕入れ先の管理については、監査や書類ではなく、長年の付き合いによる信頼で成り立っていると著者らは指摘します。ただし、信頼関係は外部から検証できる記録を生みません。著者らは、記録の不足や衛生手順・環境管理の不備が、正式な認証を目指す際の大きな課題になりうると述べ、記録を整えることは既存の信頼関係を置き換えるものではなく、補うものとして考えるべきだとしています。

この研究が示すのは、ハラールの実践を「認証があるかないか」だけで判断すると、伝統的な生産の現場で実際に行われていることを見落としかねないという点です。著者らは、HPPを認証のための道具としてだけでなく、日常の生産の中でハラールの原則がどのように根づいているかを理解するための枠組みとしても使えることを示したと位置づけています。

原著論文の著者・所属:calista mawadah hendry(Islamic Economic and Business, State Islamic Institute of Bukittinggi, Bukittinggi, West Sumatra, 26181, Indonesia)、Azima Abdul Manaf(Center for Development, Social and Environment, Faculty of Social Sciences and Humanities Bangi 43600 Universiti Kebangsaan Malaysia)、Rika Widianita(islamic economic and business, State Islamic Institute of Bukittinggi, Bukittinggi, West Sumatra, 26181, Indonesia)、Era Sonita(islamic economic and business, State Islamic Institute of Bukittinggi, Bukittinggi, West Sumatra, 26181, Indonesia)、Novel Lyndon(Social Sciences and Humanities Bangi Selangor 43600 Universiti Kebangsaan Malaysia)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):calista mawadah hendry, Azima Abdul Manaf, Rika Widianita, et al. Analyzing Traditional Smoked Duck Production through the Halal Product Process (HPP) Framework: A Case Study of a Micro-Enterprise in Negeri Sembilan. F1000Research 2026-08-20. DOI: 10.12688/f1000research.186471.1. 原著ライセンス:CC BY.