この研究は、チュニジア、フランスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:ChemSusChem
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜデンプンを化学的に変える必要があるのか
化石資源からつくられるプラスチックは、安価で成形しやすく、必要な機械的性質や熱安定性を備えているため、日常のあらゆる場面で使われています。論文は、化石資源由来のプラスチックの世界生産量が1990年の1億トンから2024年には約4億3000万トンへ増えたことに触れ、同時にその長期安定性が「両刃の剣」であると指摘します。先行研究(Geyerら)の算定によれば、これまでに生産されたプラスチックの80%は適切に再生利用も処分もされず、埋立地や投棄場、自然環境の中に存在するとされています。
そこで再生可能な資源から得られる天然高分子が代替候補になります。著者らが注目するのはデンプンです。デンプンはジャガイモ、コメ、トウモロコシ、エンドウ、コムギなど数多くの植物から容易に取り出せ、実質的に無限に供給されます。無毒性で安価、豊富で、熱安定性と生分解性を持つ点も魅力です。
ただし、そのままでは使えません。デンプンは水を吸いやすく(親水性が高く)、もろく、しかも溶ける前に分解してしまうため溶融成形ができません。特に吸水は機械的性質を悪化させ、湿度によって性質が変わってしまいます。この弱点を補う古くからの方法が「エステル化」です。デンプン分子の水酸基(OH基)を脂肪酸などの疎水性の鎖に置き換え、水をはじく性質を与える化学修飾で、最初の報告は1865年にさかのぼります。近年はC12〜C18の長い鎖を持つ脂肪酸が用いられ、なかでもビニルエステル(ビニルラウレートやビニルステアレートなど)が最も適したエステル化剤の一つとされています。
しかし課題も残っていました。置換の度合い(置換度=DS、グルコース単位あたり何個の水酸基が置き換わったかを示す指標)をより精密に制御する必要があること、広く使われてきた溶媒DMSOをより環境負荷の低いものに替える必要があること、そして実用規模に向けて高いデンプン濃度で連続的に処理する方法を開発する必要があることです。
深共晶溶媒と反応押出を組み合わせる
著者らが用いたのは「深共晶溶媒(DES)」です。これは2種類以上の成分を混ぜると、それぞれ単独の場合より融点が大きく下がって液体になる溶媒で、安価で調製が容易、多くが天然物由来で生分解性にも優れるという利点があります。本研究では、ベンジルトリエチルアンモニウムクロリド(BTEAC)とイミダゾール(IM)を重量比1対2.5で混ぜ、アルゴン気流下で90℃で1時間加熱し、無色透明の均一な液体を得ました。著者らによれば、このBTEAC/IMという深共晶溶媒中で反応押出によりデンプン–ラウレートエステルを調製した報告はこれが最初です。
もう一つの鍵が「反応押出」です。二軸押出機(スクリューが2本回転して材料を混ぜながら送り出す装置)の中で、混合と化学反応を同時に進めます。デンプンを溶かすと粘度が非常に高くなるという問題に対し、押出機は機械的なせん断力と熱を加えることで、溶解と反応を助け加速できます。実験では小型の二軸押出機を使い、スクリュー回転数150rpm、温度90〜130℃、デンプンと深共晶溶媒の比を30対70(重量%)に固定して行われました。エステル化剤にはビニルラウレート(VL)を用い、その量はグルコース単位あたりのモル比(VL/GU)で表されます。生成物はエタノールで沈殿させ、遠心分離と洗浄で未反応のVLと溶媒を除いて回収しました。
著者らは、混合の順序を変えた3つの手順を比較しています。(1)VL・深共晶溶媒・デンプンをあらかじめ一括で混ぜてから押出する方法、(2)まずデンプンを溶媒に溶かし、その後でVLを加える方法、(3)VLとIMを1対1で混ぜたものを後から加える方法です。生成物はFTIR(赤外分光)で1740cm⁻¹付近に現れるエステルの吸収帯を追って反応の進行を評価し、置換度は固体13C CP/MAS NMRのスペクトルから算出しました。ほかに偏光顕微鏡でデンプン粒の構造崩壊を、X線回折で結晶構造を、水の接触角と吸湿量でフィルムの性質を調べています。
著者らが報告した主な結果
まず溶解について。偏光顕微鏡では、混合直後のデンプン粒に「マルタ十字」と呼ばれる複屈折像がはっきり見えていました。これは粒の中で分子が規則正しく並んでいる証拠です。120℃で10分押出すると複屈折を示す粒はごくわずかになり、20分後には完全に消えました。著者らはこれを、深共晶溶媒がデンプン粒内の強い水素結合の網目を壊し、粒の分子秩序を完全に崩したこと(化学的な糊化)の証拠としています。押出による強いせん断力がこの効果をさらに高めたと述べています。
次に混合順序の効果です。あらかじめ全成分を混ぜてから押出する方法(1)が、明らかに高い置換度を与えました。この方法では押出物は半透明で粘り気のある状態を1時間保ちましたが、VLを後から加えた場合はVLの相当部分が混ざらずに残り、押出機から出た直後に相分離が起きました。
反応の速さについて、VL/GU=2の条件では、エステルに由来する吸収強度比が30分以内に急増し、その後1時間ほぼ一定になりました。著者らはこれを、先行研究でDMSO中のデンプンエステル化が触媒を使い濃度も低い(10重量%)条件で平衡に達するまで4〜5時間を要したのと比べ、著しく短いと位置づけています。温度の影響も大きく、VL/GU=2では120℃で約40分で吸収強度比が約0.5の平坦部に達しましたが、90℃では150分かけても0.46にとどまりました。90℃では60分後も複屈折が残り、デンプンの溶解が不完全でした。130℃・VL/GU=2.5では、わずか30分で吸収強度比0.8に達しています。
到達した置換度は、130℃・VL/GU=2.5の条件で1.6でした。VL/GU比を3に上げてもこれより高い置換度には届かず、著者らは理由として、VL濃度が一定を超えるとデンプンが析出すること、既に結合したラウリル鎖が残りの水酸基への接近を立体的に妨げること、デンプンの主成分アミロペクチンの枝分かれの多い構造が試薬の接近を制限することの3つを仮説として挙げ、さらなる検討が必要だと述べています。
最も興味深い発見は反応の仕組みに関するものです。混合順序で結果が大きく変わることから、著者らはVLが深共晶溶媒の成分、特にイミダゾールと反応しているのではないかと考えました。VLとIMを別途混ぜてFTIRとNMRで調べたところ、VLのビニル基とIMのN–H基に対応する信号が消え、新たな信号が現れました。著者らはこれを、IMがVLと縮合して「N–アシルイミダゾール(ラウリルイミダゾリド)」が生成し、同時にアセトアルデヒドが遊離したことの証拠と解釈しています。この反応は混合後30分以内に起こりました。
著者らの説明では、この中間体はVLそのものより反応性が高く、深共晶溶媒との混ざりもよいため、エステル化が速く進みます。反応性が高まる理由として、ビニル基がイミダゾールに置き換わることでカルボニル炭素がより求電子的(電子を受け取りやすい状態)になること、そしてイミダゾールが優れた脱離基であることの2点が挙げられています。N–アシルイミダゾールは有機合成でアルコールの穏やかなエステル化に広く使われる活性化剤です。逆に、デンプンを先に溶かしてからVLを加えた場合には、IMがデンプン鎖の溶媒和に使われてVLとの反応に回りにくくなり、さらにVLの親油性が極性の高い混合物への溶解を妨げた、と著者らは説明しています。つまり深共晶溶媒は、溶媒としてだけでなく活性化触媒としても働いていたことになります。
得られた材料の性質も調べられました。VL/GU比1.5未満で合成したデンプン–ラウレートエステルはTHFやTHF/DMF混合溶媒に溶け、キャスト法で透明なフィルムになりました。X線回折では、天然コムギデンプンのA型結晶に由来する回折ピークがエステル化物では消えており、粒の半結晶構造が完全に崩れたことを示しています。エステル化物自体は非晶質で、フィルムの高い透明性はこれによると考えられています。
水との親和性は大きく変わりました。天然デンプンのフィルムの水接触角は約53°(水になじみやすい状態)でしたが、ラウリル基の導入後は置換度に応じて89〜98°に達しました。接触角は時間が経っても安定し、水の吸収は認められませんでした。注目されるのは、置換度がわずか0.3でも接触角が約90°に達したことです。著者らはこれを、水酸基が疎水性のラウリル鎖に置き換わったことと、長い炭化水素鎖が傘のような構造をつくって未反応の水酸基を覆い隠したことの2つによるとしています。吸湿量では、VL/GU比1〜2で合成した試料の最大吸湿量が相対湿度55%で約2.8重量%、75%で約4重量%であり、同じ条件での天然デンプンの約12重量%、17重量%を大きく下回りました。
この研究が示すこと
著者らは、BTEACとイミダゾールからなる新しい塩基性の深共晶溶媒が、90〜120℃で10〜20分のうちにデンプンを溶かし、30分以内に高い置換度のエステル化を実現したと結論づけています。この手法は、最大30重量%という高いデンプン濃度で、VL/GU比0.5〜2.5の範囲で成立しました。
この研究の要点は、一つの溶媒に二役を担わせたところにあります。溶媒は本来、反応の場を提供するだけの存在と考えられがちですが、ここではイミダゾールがビニルラウレートと反応して活性の高い中間体をつくり、反応そのものを助けていました。混合の順序という一見些細な操作の違いが結果を大きく変えたことが、この隠れた仕組みを明らかにする手がかりになりました。
デンプンという身近で豊富な素材を、水に強い非晶質のフィルム材料へと変える道筋を、環境負荷の低い溶媒と連続処理に向く反応押出の組み合わせで示したこと——それが著者らの報告の意味するところです。
著者:Samar Bouzidi(University of Sfax–LMSE–Faculty of Science Sfax Tunisia)、Amira Najahi(University of Sfax–LMSE–Faculty of Science Sfax Tunisia)、Jean‐Marc Lévêque(University Grenoble Alpes, CNRS, Grenoble INP, LRP Grenoble France)、Patricia Chaud(University Grenoble Alpes, CNRS, CERMAV Grenoble France)、Frederic Hugenell(University Grenoble Alpes, CNRS, Grenoble INP, LRP Grenoble France)、Albert Magnin(University Grenoble Alpes, CNRS, Grenoble INP, LRP Grenoble France)、Sonia Molina-Boisseau(University Grenoble Alpes, CNRS, CERMAV Grenoble France)、Jean‐Luc Putaux(University Grenoble Alpes, CNRS, CERMAV Grenoble France)、Sami Boufi(University of Sfax–LMSE–Faculty of Science Sfax Tunisia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Samar Bouzidi, Amira Najahi, Jean‐Marc Lévêque, et al. Deep Eutectic Solvent as Dual Solvent–Catalyst for Efficient Starch Esterification With Vinyl Laurate via Reactive Extrusion. ChemSusChem 2026-09-27. DOI: 10.1002/cssc.71087. 原著ライセンス:CC BY.