この研究は、オランダの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Bioresources and Bioprocessing

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

褐藻類は、ゲル化や粘性の性質をもつ多糖のアルギン酸のほか、硫酸化多糖のフコイダン、糖アルコールのマンニトール、黄色系の色素フコキサンチンなど、用途の異なる成分を併せもつ原料です。しかし著者らによれば、現在の工業的な処理はアルギン酸を主な目的物とすることが多く、強いアルカリや酸を用いる処理に依存しているため、薬品やエネルギーの消費が大きく、他の有用成分が十分に活かされないままになっていると指摘されています。

そこで研究チームが着目したのが、深共晶溶媒(DES)と呼ばれる溶媒です。これは水素結合を受け取る成分と与える成分を組み合わせることで融点が下がり、極性などの性質を調整できる液体で、従来の揮発性有機溶媒に代わる選択肢として研究されてきました。著者らはこれまでに、水になじみやすい親水性のDESが海藻の細胞壁を壊してアルギン酸を取り出すのに有効であること、水になじみにくい疎水性のDESが色素などの非極性成分の抽出に有効であることを、それぞれ別々の系で報告しています。

本研究はその延長線上に位置づけられ、性質の異なる二つのDESを組み合わせて互いに混ざり合わない二層(二相系)をつくり、極性の異なる成分をそれぞれの相に振り分けられるのではないか、という仮説を検証したものです。抽出と分離を一つの工程にまとめることで、別々の抽出プロセスを重ねる必要を減らすことがねらいとされています。

何を、どのように調べたか

対象としたのは、2024年5月にフランス・ブルターニュ地方で採取された褐藻サッカリナ・ラティッシマ(Saccharina latissima)です。乾燥・粉砕した原料のアルギン酸含量は乾物1gあたり296mg、マンニトールは73mg、フコース(フコイダンの量を推し量る指標として用いられた糖)は10mgと測定され、従来法にあたるメタノール抽出では乾物1gあたり338µgのフコキサンチンが回収されたと報告されています。

工程は段階的に組まれました。まず水またはクエン酸溶液による前処理で、水に溶けやすいマンニトールとフコイダンを取り出します。次に、脂肪酸系の疎水性DES(FA相)とベタイン・尿素系の親水性DES(BU相)を組み合わせた二相系(FABU)で抽出を行い、分離した二つの相をそれぞれフコキサンチンとアルギン酸について分析します。最後に残った固形分をアルカリで処理し、さらにアルギン酸を回収します。

実験に先立ち、研究チームはCOSMO-RSと呼ばれる計算手法で、フコキサンチンがどちらの相を好むかを予測しました。これは分子同士の相互作用から溶けやすさを見積もる計算モデルです。予測では、フコキサンチンは親水性のBU相にはほとんど溶けず、脂肪酸系のFA相への親和性が桁違いに高いという結果が得られ、二相間での分配を強く後押しする熱力学的な条件が整っていることが示されました。

主な報告結果

まず二相の形成そのものについては、試したすべての水分量の組み合わせで遠心分離後に明瞭な相分離が確認されました。ただし水分量が25%の条件ではBU相の一部が固化し、45%と65%では完全に液体のままでした。著者らは、相が分かれるだけでは実用的な二相系として不十分であり、BU相の流動性を保つには一定以上の水分が必要だと述べています。

前処理については、水とクエン酸のあいだでマンニトールとフコースの回収量に有意な差は見られませんでした(マンニトールは乾物1gあたり58.5〜59.3mg、フコースは3.1〜3.2mg)。一方でクエン酸前処理は、BU相から直接得られるアルギン酸と、その後のアルカリ抽出で得られるアルギン酸の双方の収量を高めました。著者らはこれを、クエン酸が細胞壁で架橋に関わる二価の陽イオンを取り込むことで構造がゆるみ、アルギン酸が溶け出しやすくなるためだと説明しています。

予測と実測が食い違ったのがフコキサンチンでした。FA相への強い親和性が計算で示されていたにもかかわらず、一回の抽出でFA相に得られた収量は乾物1gあたり41.4〜58.2µgにとどまり、メタノールを用いた比較対象の抽出で得られた量の約12%にすぎませんでした。さらに、FABU処理後に残った固形分をアルカリ処理したところ、濃い黄色の抽出液が得られ、そこから乾物1gあたり563.3µgのフコキサンチンが回収されました。DES処理を経ていない海藻を同じようにアルカリ処理した対照では、色素はごくわずかしか得られていません。

この結果から著者らは、FA相への回収が伸びなかった原因は溶媒との相性ではなく、色素が海藻の組織や膜構造から放出されるまでの過程と、溶媒への移動しやすさにあると考えています。フコキサンチンはチラコイド膜の色素タンパク質複合体の中に存在するため、まず細胞や膜の構造が壊れなければ、溶媒との相性が良くても抽出は進みにくいというわけです。同時に、DES処理を受けた海藻の方が後段で色素を多く放出したことは、二相系への曝露が原料の構造を変化させ、色素へのアクセスを高めたことと整合すると述べられています。ただしその仕組み自体は本研究で直接調べられてはいません。

この研究が示すこと

この研究は、性質の異なる二つの深共晶溶媒を組み合わせた二相系が実際に安定して成立し、水溶性成分、アルギン酸、色素という性質の異なる成分を一連の工程の中で扱えることを示しました。同時に、前処理の選び方には、アルギン酸の回収が増える一方でフコキサンチンの回収はやや減るという兼ね合いがあることも明らかになっています。

もう一つの示唆は、計算による予測と実際の抽出のあいだの隔たりです。COSMO-RSのような熱力学的な計算は、溶媒と目的成分の相性を見積もることはできますが、その成分が原料の構造の中に閉じ込められている度合いや、溶媒が組織の奥まで届く速さまでは織り込みません。著者らは、目的成分へのアクセスしやすさが律速となる場合、高い親和性の予測がそのまま高い収量につながるとは限らないと述べています。海藻のように密で複雑な組織を扱う際には、溶媒の選択だけでなく、成分をどう取り出せる状態にするかが同じくらい重要であることを、この研究は具体的な数値とともに示しています。

著者:Isa S. A. Hiemstra(Bioprocess Engineering, Wageningen University, PO Box 16, 6700 AA, Wageningen, The Netherlands)、Wimar Reynaga-Navarro(Bioprocess Engineering, Wageningen University, PO Box 16, 6700 AA, Wageningen, The Netherlands)、René H. Wijffels(Bioprocess Engineering, Wageningen University, PO Box 16, 6700 AA, Wageningen, The Netherlands)、Michel H. M. Eppink(Faculty of Applied Sciences, Department of Biotechnology, TU Delft, Van der Maasweg 9, 2629 HZ, Delft, The Netherlands)、Antoinette Kazbar(Bioprocess Engineering, Wageningen University, PO Box 16, 6700 AA, Wageningen, The Netherlands. [email protected])

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Isa S. A. Hiemstra, Wimar Reynaga-Navarro, René H. Wijffels, et al. Disruption or partitioning? Deep eutectic solvent biphasic systems for integrated seaweed biorefineries. Bioresources and Bioprocessing 2026-09-25. DOI: 10.1186/s40643-026-01139-9. 原著ライセンス:CC BY.