この研究は、チェコ、ギリシャの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Molecules
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:植物成分の抽出に、より環境負荷の小さい溶媒を探す
植物に含まれる有用成分(生物活性化合物)を調べるには、まず植物から成分を取り出す「抽出」という作業が必要です。従来はメタノールなどの有機溶媒が使われてきましたが、著者らは、環境への影響や揮発性への懸念があると述べています。そこで近年注目されているのが、深共晶溶媒(DES)と呼ばれる液体です。これは、水素結合の受け手となる物質と与え手となる物質を混ぜると、それぞれ単独のときよりも融点が大きく下がって液体になる、という性質を利用したものです。とくに、糖や有機酸、アミノ酸といった植物にもともと存在する成分だけで作るものを、天然深共晶溶媒(NADES)と呼びます。
この研究で著者らが対象にした植物は、地中海地域に育つキジカクシ科のベレバリア・ドゥビア(Bellevalia dubia)です。論文によれば、この種の成分組成や生物活性に関する科学的な報告はまだ限られており、近縁の属から推測されている段階だといいます。著者らは、この植物についての基礎データを示すこと自体を研究の狙いの一つに挙げています。
何を調べたか:溶媒の組み合わせと比率を体系的に振り分ける
著者らは、水素結合の受け手として塩化コリン(ChCl)を固定し、与え手として乳酸(LA)・リンゴ酸(MA)・クエン酸(CA)という3種類の有機酸を用いました。有機酸を選んだ理由として、複数のカルボキシル基をもつため極性が高く、狙いとするフェノール化合物と水素結合しやすいことが挙げられています。また、NADESは水や一般的な有機溶媒より粘度がかなり高く、それが物質の移動を妨げるため、粘度を下げる目的で30%(w/w)の水を加えたと説明されています。
溶媒の種類と、塩化コリンと有機酸の混合比(モル比)をどう組み合わせるかについては、実験計画法(design of experiments)という統計的な手法を用い、専用ソフトが生成した条件を順に試しました。得られた抽出物について、総フェノール含量(TPC)、総フラボノイド含量(TFC)、抗酸化活性(DPPH法)、色の安定性を測り、さらに2種類の酵素を阻害するかどうかを試験管内で調べています。対象となった酵素は、認知機能に関わるアセチルコリンエステラーゼ(AChE)と、食事由来の脂質の代謝に関わる膵リパーゼ(PNLIP)です。比較対照として、従来型の溶媒である水と80%メタノールも同じように試験されました。
抽出物にどんな成分が含まれるかは、超高速液体クロマトグラフィーと高分解能質量分析を組み合わせた装置(UHPLC–q-Orbitrap-MS)を使い、あらかじめ候補を絞って探す「サスペクト・スクリーニング」という手法で調べています。最後に、複数の測定結果をまとめて一つの指標に換算する「望ましさ関数(desirability function)」を使い、総合的に最も好ましい溶媒の組成を決めました。
主な報告結果:リンゴ酸系の溶媒が総合評価で最上位に
総フェノール含量が最も高かったのは、塩化コリンとリンゴ酸を1:1.5で混ぜた系(18.52 ± 0.48 mg GAE/g乾燥植物)と、塩化コリンとクエン酸を1:1で混ぜた系(17.68 ± 0.38 mg GAE/g)でした。従来型の溶媒では80%メタノールが16.13 ± 0.33 mg GAE/g、水が13.39 ± 1.63 mg GAE/gとなっています。一方、フラボノイド含量と抗酸化活性については、従来型の溶媒のほうが高い値を示し、80%メタノールが最も高かったと報告されています。著者らは、リンゴ酸やクエン酸のような多価カルボン酸を含むNADESは強い水素結合網を作って粘度が高くなるため、物質の移動が制限されることが理由として考えられると述べています。
酵素阻害の試験では、NADESのなかでリンゴ酸系が最も顕著な効果を示しました。とくに塩化コリン–リンゴ酸(1:2.5)の抽出物は、膵リパーゼに対して86.73 ± 9.75%、アセチルコリンエステラーゼに対して78.21 ± 12.96%の阻害を示しています。これに対し、同じ条件で試験した80%メタノールと水の抽出物の阻害率は明らかに低かったと報告されています。ただし著者らは、用量と反応の関係を調べる実験を行っていないことを本研究の限界として明記しています。
成分分析では、37の候補のうち21の化合物が確認・帰属され、そのうち10については最も確度の高い水準での同定に至りました。検出された成分はフラボノイド配糖体を中心とするフラボノイド類が主体で、NADESと従来型溶媒とで検出される成分の顔ぶれ自体は似ていたといいます。一方、p-クマル酸やヒペロシド、クロロゲン酸の異性体など、NADES抽出物でのみ検出された成分もありました。なお著者らは、この分析は定性的なものであり、シグナルの強さを成分の濃度として解釈すべきではないと注意を添えています。
データ全体を見渡すために行った主成分分析(PCA、多数の測定値を少数の軸に要約して全体像を見る手法)では、従来型溶媒とNADES抽出物が明確に分かれました。NADESのなかでも、塩化コリン–リンゴ酸(1:2.5)の系が最も特徴的な位置を占め、アセチルコリンエステラーゼ阻害やビテキシンなどの成分の方向と近いところに配置されたと報告されています。ただし著者らは、これはあくまで関連の示唆であって因果関係を示すものではなく、さらなる検討が必要だと述べています。生物活性は複数の代謝産物の組み合わせから生じることが多いため、特定の成分と活性を直接結びつけるのは難しいという注意も加えられています。
望ましさ関数による総合評価では、塩化コリン–リンゴ酸をモル比1:2.47(実験で試した1:2.5にごく近い値)で用いる系が最上位となり、望ましさの値は0.832でした。著者らは、この系がフェノール類やフラボノイド類の溶解を助けながら、酵素阻害の強さも保っていたと説明しています。
この研究が示すこと
この研究は、ほとんど調べられていなかったベレバリア・ドゥビアという植物について、含まれる成分と試験管内での酵素阻害という基礎的なデータを初めてまとめた報告です。同時に、溶媒の種類と混合比を実験計画法で体系的に振り分け、複数の測定結果を一つの指標に統合して判断するという進め方が、目的に合った抽出条件を選ぶうえで機能することを示しています。
著者らの結論として、塩化コリンを基本とする天然深共晶溶媒は、構成成分や比率を変えることで性質を調整できる、植物由来成分の抽出手段の選択肢になりうると位置づけられています。ただし、定量分析や用量反応の検討は本研究の範囲外であり、示された関連にはさらなる検証が必要であることも、著者ら自身が明示しています。
著者:Anastasia Charalampidopoulou(Department of Food Analysis and Nutrition, Faculty of Food and Biochemical Technology, University of Chemistry and Technology Prague, Technická 5, 166 28 Prague, Czech Republic)、Marie Zlechovcová(Department of Food Analysis and Nutrition, Faculty of Food and Biochemical Technology, University of Chemistry and Technology Prague, Technická 5, 166 28 Prague, Czech Republic)、Charalampos Proestos(Food Chemistry Laboratory, Department of Chemistry, National and Kapodistrian University of Athens, 15772 Athens, Greece)、Chrysavgi Gardeli(Laboratory of Food Chemistry and Analysis, Department of Food Science and Human Nutrition, Agricultural University of Athens, Iera Odos 75, 11855 Athens, Greece)、Aristeidis S. Tsagkaris(Department of Food Analysis and Nutrition, Faculty of Food and Biochemical Technology, University of Chemistry and Technology Prague, Technická 5, 166 28 Prague, Czech Republic)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Anastasia Charalampidopoulou, Marie Zlechovcová, Charalampos Proestos, et al. Experimental Design-Driven Optimization of Choline-Based Natural Deep Eutectic Solvents for the Extraction of Bioactive Compounds from Bellevalia dubia. Molecules 2026-09-15. DOI: 10.3390/molecules31183267. 原著ライセンス:CC BY.