この研究は、ポーランドの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Livestock Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
牛のげっぷなどに含まれるメタン(CH₄)は温室効果ガスとして注目され、しばしば排出量そのものの大きさとして報告されます。しかし著者らは、その炭素がもともとどこから来たのかという点が明示的に扱われてこなかったと指摘します。飼料となる植物は、大気中の二酸化炭素(CO₂)を光合成によって取り込んで育ちます。つまり牛が吐き出す炭素は、植物が最近固定した炭素が形を変えて戻っていくもの、という見方が可能です。
この研究チームが目的としたのは、実際の商業酪農場で飼われている乳牛について、飼料として取り込まれた炭素がどのような経路にどれだけ振り分けられているかを数値として示すことです。具体的には、腸内発酵によるメタン排出量の測定、植物由来の炭素摂取量の推定、呼気として出るCO₂の推定を行い、さらに牛乳として外に出ていく炭素を加えて、動物レベルでの部分的な炭素収支を組み立てました。ここでの炭素収支は、呼吸によって失われる炭素と牛乳に移る炭素に限定した部分的なものである、と論文自身が断っています。
何を、どのように調べたか
調査対象は、スペイン北部の4地域(カンタブリア、バスク地方、ナバラ、ジローナ)にある13戸の商業酪農場で飼育されたホルスタイン種の乳牛1301頭です。データは2018年5月から2019年6月にかけて集められました。
メタンの測定には、搾乳ロボット(自動搾乳システム)の飼料ボックスに取り付けた非分散型赤外線検出器(NDIR)を使いました。これは赤外線の吸収を利用してガス濃度を測る装置で、牛が搾乳ロボットを訪れるたびにげっぷに含まれるメタン濃度を記録します。牛は1日に2〜8回ロボットを訪れるため、1頭あたり多数の記録が得られ、それを週ごとの平均値にまとめました。
炭素の摂取量は、飼料の有機物摂取量から推定されました。飼料のうち灰分(無機物)を除いた有機物に対し、植物バイオマスの平均的な組成に基づく1グラムあたり0.45グラムという炭素比率を当てはめています。なお、濃厚飼料は搾乳ロボットで個体ごとに記録されましたが、混合飼料(TMR)は群れ単位で給与されていたため、農場ごとの1頭あたり平均値を用いた、と説明されています。
呼気として出るCO₂は直接測定されておらず、二つの方法で推定されました。一つはCO₂とCH₄の質量比をおよそ28.6と固定して換算する方法、もう一つはエネルギー補正乳量と代謝体重から日々のCO₂量を予測する回帰式を使う方法です。牛乳に含まれる炭素については、乳糖・脂肪・タンパク質のそれぞれについて換算係数を当てはめて算出しました。そして、摂取炭素からこれら測定・推定された出口(メタン、CO₂、牛乳)を差し引いた残りを「残余炭素」と呼んでいます。
報告された主な結果
著者らの報告によれば、農場間で多少のばらつきはあるものの、炭素の行き先の順位は一貫していました。最も大きな割合を占めたのは残余炭素で、摂取炭素のおよそ55〜78%。次が牛乳として出ていく炭素で約15〜24%。そして呼気としてメタンとCO₂の形で出ていく炭素が最も小さく、6〜22%でした。1日あたりのメタン産生量は農場平均で100.5〜296.8グラム、エネルギー補正乳1キログラムあたりに直すと2.74〜9.40グラムの範囲だったと報告されています。
二つのCO₂推定法の比較では、比率に基づく推定値がすべての農場で生産量に基づく推定値を下回りました。両者の比は平均0.39(標準偏差0.11)で、統計的にも有意な差があったとされています。著者らは、この差はNDIR測定によるメタン値が比較的低かったことと関係している可能性があり、比率法では測定メタンの過小評価がそのままCO₂推定に伝わってしまうためだと論じています。
また、メタン強度(エネルギー補正乳1キログラムあたりのメタン量)と、摂取炭素に対する呼気炭素の割合との間には、正の関係が認められました。メタン強度が高い農場ほど、飼料由来の炭素がより多く呼吸による損失のほうへ振り分けられていた、という報告です。ただし著者らは、これは必ずしも気候への正味の影響が大きいことを意味するのではなく、摂取した炭素を生産に使う相対的な効率が低いことを示すものだと述べています。
この研究が示すこと
著者らは、残余炭素を一つの生物学的な区画として読むべきではないと注意を促しています。それは糞や尿による排泄、微生物のバイオマス、体組織への蓄積や動員といった、この研究では測定されなかった複数の経路を含む「収支を閉じるための項」だからです。また、本研究で扱ったのは牛の体内での炭素の流れに限られており、飼料生産や肥料、土地利用の変化、輸送といった過程を含む酪農全体のカーボンフットプリントを表すものではない、とも明記されています。
そのうえで著者らが伝えようとしているのは、腸内発酵由来のメタンを、より広い炭素配分と生物由来の炭素循環という枠組みの中で解釈すべきだという点です。この研究の測定が示したのは、呼気として大気に戻る炭素が摂取炭素のうち最も小さい部分であり、その炭素はもともと植物が大気中のCO₂から取り込んだものだということでした。炭素収支という見方を持ち込むことで、酪農現場でのメタン排出を生理学的により筋の通った形で読み解けるようになる――それが、この研究から伝わる意味です。
著者:Jagoba Rey(Institute of Genetics and Animal Biotechnology of the Polish Academy of Sciences, Jastrzębiec, 05-552 Magdalenka, Poland)、Patryk Sztandarski(Institute of Genetics and Animal Biotechnology of the Polish Academy of Sciences, Jastrzębiec, 05-552 Magdalenka, Poland)、Aneta Jaszczyk(Institute of Genetics and Animal Biotechnology of the Polish Academy of Sciences, Jastrzębiec, 05-552 Magdalenka, Poland)、Grzegorz Pogorzelski(Institute of Genetics and Animal Biotechnology of the Polish Academy of Sciences, Jastrzębiec, 05-552 Magdalenka, Poland)、Joanna Marchewka(Institute of Genetics and Animal Biotechnology of the Polish Academy of Sciences, Jastrzębiec, 05-552 Magdalenka, Poland)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jagoba Rey, Patryk Sztandarski, Aneta Jaszczyk, et al. From carbon intake to atmospheric return: quantifying carbon recycling in dairy cows. Livestock Science 2026-08-28. DOI: 10.1016/j.livsci.2026.106029. 原著ライセンス:CC BY.