著者の所属・活動拠点の国は、スイス、イギリスです。

掲載誌:Scientific Reports

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF

複数の気候リスクを同じ物差しで比べる

気候変動によって、リンゴ栽培はこれまで以上にさまざまな気象上の危険にさらされると考えられています。しかし、どの種類の危険がどれほど大きくなるのか、またその相対的な重要度が温室効果ガスの排出シナリオによってどう変わるのかは、はっきりしていませんでした。論文によると、これまでの研究は遅霜や冬の低温不足など個別の要因を扱うことが多く、複数の気候ストレスが産地の中でどのように同時に変化していくかを分析した研究はありませんでした。

そこで研究チームは、スイスのリンゴ産地を対象に、夏の暑さ、夏の干ばつ、春の遅霜、冬の低温不足という四つの要因をまとめて評価しました。冬の低温不足とは、リンゴの木が春に正常に芽吹き開花するために必要な冬の寒さが足りなくなることを指します。

生産者の声と細かな気候データをもとにした評価

研究の範囲を決めるにあたり、著者らは2021年3月から6月にかけて、スイスの主な産地のリンゴ生産者12人と技術専門家2人に聞き取りを行いました。生産者が特に心配していたのは遅霜、熱波、夏の干ばつでした。ひょうや夏の夜間の高温も懸念として挙がりましたが、ひょうは気候シナリオから予測するのが難しく、夜間の高温は熱波と強く連動するため、評価からは除かれました。一方、冬の低温不足は現時点では生産者の大きな関心事ではないものの、遅霜の危険の計算に冬の寒さの蓄積が使われることから評価に加えられました。

分析には、スイスの気候シナリオ事業CH2018による細かな気候・水文データが使われました。中程度の排出シナリオ(RCP4.5)と排出が多いシナリオ(RCP8.5)について、それぞれ多数の気候モデルの結果を用い、1981〜2010年を基準期間として将来の各30年間を比べています。

この研究の特徴は、気象条件そのものから見た「潜在的な危険」と、栽培システムの弱さも考慮した「実効的な危険」を区別した点です。後者では、水の利用しやすさや土壌の保水力など、危険の影響を和らげたり強めたりする自然条件が考慮されています。危険の大きさは0から1の値で表され、「非常に低い」から「非常に高い」までの5段階に分けて示されました。

暑さの危険が高まり、遅霜は減る傾向

全国的に見ると、どちらの排出シナリオでも、潜在的・実効的な危険の合計は基準期間より時間とともに増えていきました。ただし、中程度の排出シナリオでは増加がやがて頭打ちになるのに対し、高排出シナリオでは加速しました。分析した最も遠い将来の期間では、気候モデル結果の中央値で、国内のリンゴ栽培面積のうち実効的な危険が「高い」水準となる割合は、高排出シナリオで42.8%、中程度の排出シナリオで11.4%でした。ただし、モデルによるばらつきは大きく、モデル間の結果の広がりを示す範囲として、前者は14.9〜75.3%、後者は2.7〜30.5%と報告されています。

要因別に見ると、暑さと干ばつの危険は増える一方で、遅霜の危険は時間とともに減っていく傾向が示されました。高排出シナリオでは、今世紀後半に暑さが飛び抜けて大きな危険要因となります。冬の低温不足による危険は高排出シナリオでのみ遠い将来の期間から現れますが、全国規模ではごく小さいものにとどまりました。

地域による違いも大きく、三つの主要産地のうち東スイスは最も危険が小さく、ヴァレー(ヴァリス)は最も大きい結果でした。ヴァレーは基準期間の時点ですでに中程度の危険にさらされており、両地域の差はどちらのシナリオでも時間とともに広がると予測されています。また、基準期間にはすべての産地で遅霜が主な危険要因でしたが、将来は暑さや干ばつも加わって構成が多様になります。著者らは、高排出シナリオの長期予測ではすべての地域で暑さが主要因になるという例外を除けば、地域ごとに異なる危険の構成が今世紀を通じて続くとしています。そのうえで、東部や中部の多くの地域では遅霜が最大の要因であり続ける傾向がある一方、西部の多くの地域では2050年までにすでに暑さが主な要因になるとまとめています。

地域ごとに異なる備えが必要であることを示す

著者らは、スイスのリンゴ生産にとって将来の気候リスクは主に暑さと遅霜の兼ね合いで決まり、干ばつの危険の増加は中程度にとどまると結論づけています。そのうえで、暑さに強い品種や日よけを取り入れた栽培システムづくりに力を注ぐべきこと、地域ごとのリスクの違いに合わせた対策が必要なことなどを、政策上の示唆として挙げています。

なお、この研究は収量や生産量、収益への影響を数値で見積もったものではなく、農家の経済的な対応力なども評価の対象外です。それでも、どの地域で、どの時期に、どの種類の気候の危険が中心になるのかを同じ枠組みで比べて示した点に、この研究の意味があります。

原著論文の著者・所属:Laurent Giguère(Department of Environmental Systems Science, ETH Zürich, Zurich, Switzerland)、Rachael D. Garrett(Department of Geography and Conservation Research Institute, University of Cambridge, Cambridge, UK)、Graham J. Dow(Crop Science and Production Systems, NIAB, Cambridge, UK)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Laurent Giguère, Rachael D. Garrett, Graham J. Dow. Multi-factor assessment of future climate hazards to apple production across Switzerland’s growing regions. Scientific Reports 2026-10-07. DOI: 10.1038/s41598-026-74000-w. 原著ライセンス:CC BY.