この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Plants

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を明らかにしようとしたか

ブドウの香りは果実の品質や商品価値、消費者の好みを左右する重要な要素です。品種は香りの特徴によって、強い香りを持つマスカット系、マスカット系ではないが香りのある品種、そしてモノテルペンに依存しない中性系などに分けられます。マスカット系の特徴であるバラのような香りは、主にモノテルペンと呼ばれる低分子の化合物に由来することが知られています。

しかし研究チームによれば、代表的な食用品種『マスカット・ハンブルグ』において、モノテルペンがどのように作られ蓄積されるのか、その調節の仕組みは十分に解明されていませんでした。そこで著者らは、香りの強い『マスカット・ハンブルグ』と、香りが穏やかな中性品種『レッドグローブ』を比較し、香りを決める遺伝的な要因を突き止めることを目指しました。

どのように調べたか

研究チームはまず、両品種の果実を5つの発育段階で採取し、GC-MS(ガスクロマトグラフ質量分析)という揮発性成分を分離・同定する手法で香り成分を網羅的に測定しました。

次に、『マスカット・ハンブルグ』を母親、『レッドグローブ』を父親として交配したF1世代264個体を用いました。2019年と2020年の2年間にわたり、果実が商品として成熟した時点で4つの主要なモノテルペン(α-テルピネオール、リナロール、ゲラニオール、シス-リナロールオキシド)の含量を測定しています。あわせてSLAF-seqという手法でゲノム上の目印(マーカー)を多数開発し、高密度の遺伝地図を作成しました。この地図上で、香り成分の含量と関連する染色体領域(QTL、量的形質座位)を探索したと報告されています。

さらに、見つかった領域の中にある候補遺伝子について、果実での発現量をRT-qPCRで比較し、有望な遺伝子はトマト(モデル植物のマイクロトム)に導入して過剰に働かせる実験で機能を確かめています。

主な報告結果

揮発性成分の網羅解析では、合計442種類の成分が検出されました。著者らによれば、『マスカット・ハンブルグ』で増加していた成分はモノテルペンの生合成経路に集中しており、果実の成熟が進むほど両品種の差が広がりました。たとえばα-テルピネオールの平均含量は『レッドグローブ』の8.03倍で、最も成熟した段階では28.45倍に達したと報告されています。シス-リナロールオキシドも平均で7.40倍でした。

F1集団を用いたQTL解析では、第5連鎖群(LG5)上の領域が2年間を通じて繰り返し検出され、α-テルピネオール、リナロール、ゲラニオールという複数の成分に影響する領域であることが示されました。α-テルピネオールでの最大LOD値は12.35でした。またゲラニオールについてはLG1にも、シス-リナロールオキシドについてはLG14にも有意な領域が検出されています。著者らは、LG14の領域をこの成分に関する新たな標的として位置づけています。

候補遺伝子9個を調べたところ、VvDXSとVvGGPPS1の2つが『マスカット・ハンブルグ』で高く発現し、その差は収穫期の果実で最大となりました。この2つの遺伝子をトマトで過剰に働かせると、テルペン類の香り成分が増加し、果実の大きさや重さなどの農業形質には目立った違いが見られなかったと報告されています。

この研究が示すこと

この研究は、香り成分の測定から遺伝地図の作成、QTLの特定、候補遺伝子の発現確認、機能検証までを一続きに行い、マスカット香を生むモノテルペンの蓄積にVvDXSとVvGGPPS1が関わることを示しました。著者らは、香りが1つの遺伝子だけでなく、生合成経路の複数の段階が協調して調節されている可能性を指摘しています。

一方で本研究が扱ったのはモノテルペンに限られており、エステルやアルデヒド、アルコールといった他の香り成分の遺伝的な仕組みは未解明のままだと著者らは述べています。それでも、2年続けて安定して検出された遺伝領域と機能が確かめられた遺伝子は、ブドウの香りの成り立ちを理解するうえでの手がかりとなる成果です。

著者:Minmin Li(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Peng‐Tao Shi(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Nan Jia(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Yonggang Yin(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Yan Sun(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Bin Han(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Chang-Jiang Liu(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Han Shu-li(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Yingjie Wang(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Xin-Yu Wang(Changli Institute of Pomology, Hebei Academy of Agriculture and Forestry Sciences, Changli, Qinhuangdao 066600, China)、Feng Jian-rong(Xinjiang Production and Construction Corps Key Laboratory of Special Fruits and Vegetables Cultivation Physiology and Germplasm Resources Utilization, College of Agriculture, Shihezi University, Shihezi 832000, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Minmin Li, Peng‐Tao Shi, Nan Jia, et al. GC-MS-Based Volatile Metabolomics and Quantitative Trait Locus Mapping of Aroma Components in ‘Muscat Hamburg’ Grape. Plants 2026-09-03. DOI: 10.3390/plants15172708. 原著ライセンス:CC BY.