日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Euphytica

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ塩に強いイネを探すのか

土壌に塩分が過剰にたまる「塩害」は、イネの生育と収量を大きく下げる要因です。研究チームによれば、世界の耕作地の約20%、灌漑地の約33%が塩害の影響を受けており、土地の開墾や過剰な灌漑、気候変動にともなう海面上昇といった要因によって、今後も塩分を含む農地が広がると見込まれています。イネは主要な穀物のなかでも塩分に弱い部類に入り、とくに苗の時期と生殖成長期に影響を受けやすいと報告されています。

カンボジアでは海岸線に沿った一部の州でイネが栽培されており、イネは農地の8割を占める主食作物として、貧困削減や食料安全保障に重要な役割を果たしていると論文は述べています。しかし著者らは、カンボジアの在来品種がどの程度塩に耐えるのか、その遺伝的な背景がどうなっているのかは、これまでほとんど調べられてこなかったと指摘します。そこで本研究は、カンボジア各地で広く栽培されている60品種を対象に、発芽期と苗期における塩分への耐性を評価し、その耐性を左右する生理的な特徴と遺伝的要因を明らかにすることを目的としました。著者らは、生理的な形質の解析とゲノムワイド関連解析(GWAS、多数の品種のゲノム上の塩基の違いと形質との対応を網羅的に調べる手法)を組み合わせてカンボジアのイネを評価した最初の研究だとしています。

どのように調べたか

研究チームは、カンボジアの研究機関から提供された60品種に加え、塩に強い品種としてFL 478を、弱い品種としてIR 29を比較の基準(チェック品種)として用いました。苗は水耕栽培で育てられ、2週間後に50 mMの食塩水を2日間、続いて100 mMの食塩水を与えました。100 mMの食塩水は電気伝導度でおよそ12 dS m⁻¹に相当します。処理後は、見た目の被害の程度を1(非常に強い)から9(非常に弱い)で評価する国際的な基準(SES)で判定したほか、茎葉や根に含まれるナトリウム(Na⁺)とカリウム(K⁺)の濃度、両者の比であるNa⁺/K⁺比、地上部のうち枯れた部分が占める割合、草丈や重さなどを測定しました。

発芽期については、種子を100 mMの食塩水で湿らせたろ紙の上に置き、10日目の発芽率を調べました。カンボジアでは塩害を受けた水田で直播きが行われることがあるため、発芽段階での強さも実用上の関心事だと論文は説明しています。

遺伝的な面では、約60,025のマーカーを載せたイネ用のゲノム解析アレイを使って60品種と2つのチェック品種の遺伝子型を調べ、品質管理後に39,085のマーカーを解析に用いました。これらのデータをもとに、品種どうしの類縁関係を示す系統樹を国際的な3,000品種のゲノムデータと合わせて描き、さらに複数の統計モデルを用いたGWASによって、形質と関連するゲノム上の位置と候補遺伝子を探索しました。

報告された主な結果

苗期の評価では、品種間で被害の程度に大きな幅がありました。60品種のうち17品種が、塩に強いFL 478と同様に低いSES(=被害が少ない)を示した一方、19品種は高いSESを示して塩に弱いと判定されました。枯れた部分の割合でも大きな差が見られ、35品種がFL 478と同程度に低い値を示し、なかでもCAR 11がもっとも低い値でした。著者らは、CAR 11が塩に対して非常に強い品種であり、田植え方式であれば実際の塩害水田での利用が考えられ、育種のための遺伝資源としても価値がありうると述べています。

どの生理的な特徴が耐性と結びついているのかを調べるため、各測定値とSESとの相関を解析したところ、根と茎葉のNa⁺/K⁺比はSESと正の相関(比が高いほど被害が大きい)を、根と茎葉のK⁺濃度は負の相関(濃度が高いほど被害が小さい)を示しました。一方、草丈や根長、地上部・根の重さといった生育量の指標はSESと相関しませんでした。ここから著者らは、K⁺濃度とNa⁺/K⁺比をカンボジアのイネの塩耐性を決める生理的形質として位置づけています。なお、これらは統計的な関連として報告されたものです。

茎葉のK⁺濃度とNa⁺/K⁺比には品種間で幅広い違いがあり、たとえばSen Kra ObはFL 478よりも高いK⁺濃度を塩処理下で維持しました。これに対し、根におけるK⁺濃度やNa⁺/K⁺比には品種間の有意な差は見られませんでした。研究チームは、SESと有意に相関した4つの生理的形質(根と茎葉のK⁺濃度、根と茎葉のNa⁺/K⁺比)を等しく重みづけて順位づけした「統合指標」も作成しています。この指標はFL 478が最も高く、CAR 3、Sen Kra Ob、Phka Rumchekが続きました。ただし著者らは、これは総合的な目安であって耐性を厳密に分類するものではないと注意を添えています。

発芽期については、塩処理により発芽率が下がり、半数を超える品種は発芽しませんでした。そのなかで13品種が、塩に強いFL 478と同様に高い発芽率を保ちました。とくにDamnoeb Sbai Mongkulは、高い発芽率と低いSESの両方を示した品種として挙げられています。

遺伝的な構造の解析では、カンボジアの59品種がインディカ系統のなかの3つのグループに分かれ、1品種が混合型の系統に位置づけられました。主成分分析でも明確な集団の分かれ目は見られず、この品種集団の集団構造は弱いと報告されています。また、塩に強い品種と弱い品種は系統樹上の特定の位置に固まることはありませんでした。GWASでは、SES、枯れた部分の割合、葉身のK⁺濃度、葉鞘と葉身のNa⁺の比について、マーカーと形質の関連が検出されました。関連する位置は第10染色体(葉身のK⁺濃度)、第6染色体(SESなど)、第3染色体(枯れた部分の割合)などにあり、その近傍から候補遺伝子が挙げられています。第10染色体の領域は、先行研究で報告された塩耐性のQTL(量的形質に関わるゲノム領域)の内側にあたると述べられています。一方で著者らは、関連が検出されたSNPの対立遺伝子頻度は低く、まれな対立遺伝子の影響を受けている可能性があると自ら注記しています。

この研究が示すこと

カンボジアで広く使われているイネの在来品種のなかに、塩分に対する強さの幅が確かに存在し、その違いが体内のカリウムの保持やナトリウムとの比という測りうる指標と結びついていること――これが本研究の示した中心的な内容です。見た目の被害と結びつく生理的な指標が特定されたことは、多数の品種を評価するときの手がかりになります。研究チームは、こうした知見と、関連が示唆されたゲノム領域の情報が、塩害地でのイネ栽培を支える品種開発の基礎となる知識であると位置づけています。

著者:Sarin Neang(Department of Agro-Industry, Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries, Phnom Penh, Cambodia)、Bros Kak(Faculty of Agronomy, Royal University of Agriculture, Phnom Penh, Cambodia)、Mab Ken(Faculty of Agronomy, Royal University of Agriculture, Phnom Penh, Cambodia)、Raby Nget(Faculty of Agronomy, Royal University of Agriculture, Phnom Penh, Cambodia)、Vandna Rai(ICAR-National Institute for Plant Biotechnology, New Delhi, India)、Sophoanrith Ro(Faculty of Agronomy, Royal University of Agriculture, Phnom Penh, Cambodia)、Kea Kong(General Directorate of Agriculture, Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries, Phnom Penh, Cambodia)、Khema Srun(General Directorate of Agriculture, Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries, Phnom Penh, Cambodia)、Akira Yamauchi(Asian Satellite Campuses Institute, Nagoya University, Nagoya, Japan)、Nicola Stephanie Skoulding(Graduate School of Science, Nagoya University, Nagoya, Japan)、Mana Kano-Nakata(International Center for Research and Education in Agriculture, Nagoya University, Nagoya, Japan)、Shiro Mitsuya(Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University, Nagoya, Japan)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sarin Neang, Bros Kak, Mab Ken, et al. Phylogenetic diversity and genome-wide association mapping of salt tolerance traits in Cambodian rice germplasm. Euphytica 2026-09-02. DOI: 10.1007/s10681-026-03786-7. 原著ライセンス:CC BY.