この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Plant Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的と背景
イチゴは世界的に重要な果樹作物ですが、土壌に潜む病原菌が大きな脅威となっています。なかでもフザリウム萎凋病は、糸状菌(カビの仲間)である Fusarium oxysporum が原因で、イチゴの維管束(水や養分を運ぶ組織)を侵して通導を妨げ、萎れや葉の黄化を引き起こし、最終的には枯死に至らせる病害です。論文によれば、連作が続く一部の圃場では発病率が80%を超えることもあると報告されています。
著者らは、化学的防除が環境負荷や残留の問題を抱え、病原菌が土壌中に長く残るため長期的な効果を得にくいこと、生物的防除も環境条件や土壌微生物群集の複雑さから圃場での効果が安定しにくいことを指摘しています。そのうえで、遺伝的な抵抗性の利用が有望な解決策であるものの、イチゴの抵抗性の分子メカニズムはゲノムの複雑さもあってよく分かっていないとしています。
そこで本研究は、抵抗性の異なる2つの品種を比べ、感染のさまざまな段階で生理的な変化と遺伝子の働き(転写)を調べることにより、イチゴが萎凋病に抵抗する仕組みを明らかにすることを目的としました。
何をどう調べたか
研究チームはまず、萎凋病の症状を示すイチゴから分離し、病原性を確認した菌株を用意しました。次に、野生種41点と栽培品種23点を含む計64点のイチゴ遺伝資源に、根に傷をつけて胞子液を灌注する方法で接種し、2週間後に発病の程度を指数化して抵抗性を評価しました。その結果、39点が高度抵抗性、3点が抵抗性、8点が中程度抵抗性、5点が感受性、9点が高度感受性に分類され、特に野生種で高い抵抗性を示す材料が多く見られたと報告しています。
この評価をもとに、高度抵抗性の品種「章姫(ZJ)」と高度感受性の品種「寧玉(NY)」の2品種が詳しい解析に選ばれました。両者は血縁関係にありながら抵抗性が大きく異なるため、比較に適していると著者らは述べています。接種後0、8、24、72、120、168時間の根を採取し、可溶性糖(浸透圧調節や信号の役割をもつ糖)、マロンジアルデヒド(MDA。細胞膜の脂質が酸化されてできる物質で、酸化ダメージの目安になる)、防御に関わる酵素であるペルオキシダーゼ(POD)とフェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)の活性を測定しました。
さらに、0時間・24時間・120時間の根について、どの遺伝子がどれだけ働いているかを網羅的に読み取るRNAシーケンシングを行い、品種間・時間間で発現量が変化した遺伝子(発現変動遺伝子)を抽出しました。抽出した遺伝子群がどのような生物学的機能や代謝経路に偏っているかをGOおよびKEGGという分類データベースを使って解析し、一部の遺伝子については別の手法(qRT-PCR)で発現を確かめています。
主な報告結果
生理・生化学的な測定では、抵抗性品種ZJは感染後に可溶性糖が着実に増え、120時間で最も高くなり、感受性品種NYよりも一貫して高い水準を保ちました。一方、酸化ダメージの指標であるMDAは両品種とも時間とともに増えましたが、NYのほうが常に高く、特に接種後72時間と120時間で顕著でした。防御酵素については、ZJでは24時間以降にPOD活性が急速に上昇して高い水準を維持し、PAL活性も感染後のすべての時点でNYより有意に高く、72時間と120時間で目立つピークを示したと報告されています。
遺伝子発現の解析では、両品種の反応のタイミングが大きく違うことが示されました。NYでは接種24時間の時点で発現が上がった遺伝子は152個、下がった遺伝子は163個とわずかで、120時間になって初めて上昇10,514個・低下9,033個という大規模な変化が現れました。これに対しZJは24時間の早い段階ですでに上昇4,788個・低下5,567個という広範な変化を示し、120時間には上昇1,350個・低下988個へと減少しました。
機能分類の解析でも同じ傾向が見られました。ZJでは24時間の時点で、ジャスモン酸(植物ホルモンの一種)を介した信号伝達の調節や各種の輸送に関わる過程が目立ち、経路レベルではフラボノイド生合成、フェニルプロパノイド生合成、植物のMAPK信号伝達経路、グルタチオン代謝、植物ホルモン信号伝達、植物–病原体相互作用などが偏って現れました。一方、同じ時点のNYでは成長・発達に関わる項目が中心で、輸送体関連の経路が主でした。120時間になるとNYで見られた経路は、ZJが早い段階で示していたものと似た様相を帯び、著者らはこれを感受性品種における防御反応の遅れと解釈しています。
個別の遺伝子を確かめる検証では、選んだ5つの病原応答遺伝子の発現傾向がRNAシーケンシングの結果とよく一致しました。これらには、菌の細胞壁成分であるキチンを認識しうる領域をもつ遺伝子、熱ショックタンパク質(タンパク質の正しい折りたたみを助ける分子シャペロン)をコードする遺伝子、解毒や酸化還元バランスの調節に関わるグルタチオンS-トランスフェラーゼ、熱ショック転写因子、病原由来の信号を受け取る受容体様キナーゼが含まれ、いずれも抵抗性品種ZJでより早く、強く、あるいは持続的に働いていたと報告されています。
この研究が示すこと
著者らは、抵抗性と感受性を分けるのは反応の大きさだけではなく、そのタイミングであることを強調しています。抵抗性品種ZJは感染のごく初期に大規模な遺伝子発現の切り替えを起こし、病原菌の認識、免疫信号の伝達、酸化ストレスへの対処、抗菌性をもつ二次代謝産物の生産といった経路をまとめて動かしていました。これに対し感受性品種NYは初期の反応が乏しく、病気が進んだ後の段階で大きな変化を示しており、これは損傷やストレスに対する二次的な反応を反映している可能性があると論文は述べています。
ただし著者らは、本研究が単一の菌株を用いていること、採取した時点が限られていること、病原菌量やホルモン・代謝産物を直接測っていないこと、そして得られた関係は関連づけに基づく証拠であって候補遺伝子の機能はまだ実験的に確かめられていないことを、限界として明記しています。
それでもこの研究は、イチゴの萎凋病抵抗性を「どれだけ守るか」ではなく「いつ守り始めるか」という観点からとらえ直し、野生種を含む遺伝資源の中に抵抗性の幅広い素材が存在することを併せて示した点で、抵抗性の仕組みを理解する手がかりを提供しています。
著者:Hong Wan(Engineering Research Center of Vegetable Germplasm Innovation and Support Production Technology of Yunnan Province, Kunming)、Xiaoyuan Wang(Engineering Research Center of Vegetable Germplasm Innovation and Support Production Technology of Yunnan Province, Kunming)、Yanbing Wang(Faculty of Modern Agricultural Engineering, Kunming University of Science and Technology, Kunming)、Na Xue(Engineering Research Center of Vegetable Germplasm Innovation and Support Production Technology of Yunnan Province, Kunming)、Jiwei Ruan(Flower Research Institute, Yunnan Academy of Agricultural Sciences)、Deneng Liu(Huize County Fruit Workstation, Huize)、Zhiwei Zeng(Huize County Institute of Key Industrial Technology, Huize)、Pang Tao(Engineering Research Center of Vegetable Germplasm Innovation and Support Production Technology of Yunnan Province, Kunming)、Qian Wang(Engineering Research Center of Vegetable Germplasm Innovation and Support Production Technology of Yunnan Province, Kunming)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hong Wan, Xiaoyuan Wang, Yanbing Wang, et al. Rapid transcriptional reprogramming underlies Fusarium wilt resistance in strawberry: insights from comparative physiological and transcriptomic analyses. Frontiers in Plant Science 2026-08-31. DOI: 10.3389/fpls.2026.1861706. 原著ライセンス:CC BY.