この研究は、トルコの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的と背景
重度の肥満に対する代謝・肥満外科手術(MBS)は有効な治療として広く認められていますが、手術後に栄養状態や代謝の状態をどう評価するかは難しい課題として残っています。体格指数(BMI、体重と身長から計算する体格の目安)は広く使われる指標ですが、体組成や細胞レベルの健康状態の変化までは反映しきれないと著者らは指摘しています。
そこで注目されているのが「位相角(フェーズアングル、PhA)」です。位相角は、体に微弱な電流を流して体組成を調べる生体電気インピーダンス分析(BIA)から得られる値で、細胞膜の状態や体細胞量を反映する指標とされます。原著によれば、健康な人では6〜7度の範囲にあり、アスリートでは8.5度に達することもある一方、5度未満は細胞の健全性が失われていることを示すとされています。
著者らは、これまでの研究の多くがルーワイ胃バイパス術やスリーブ状胃切除術を受けた患者を対象としており、トランジットバイパーティション(TB)という術式では位相角の検討が少ないこと、また幅広い体組成・代謝の指標と複数の時点で照らし合わせた研究が乏しいことを課題として挙げています。本研究の目的は、手術後の早期(6か月間)に位相角がどう変化するかを調べ、その変化と関連しうる要因を探ることです。
何をどのように調べたか
これは、すでに診療のなかで記録されたデータを後からさかのぼって解析する「後ろ向き研究」です。対象は2021年1月から2023年4月の間に手術を受け、術後の定期受診を継続した18〜65歳、BMI35以上の患者120人で、内訳はトランジットバイパーティション114人、スリーブ状胃切除術6人でした。平均年齢は46.7歳、男性56人・女性64人です。
測定は、手術前と術後1か月・3か月・6か月の4時点で行われました。体組成分析装置を用いて、位相角のほか体重、BMI、脂肪量、体脂肪率、筋肉量、除脂肪量(脂肪以外の組織の重さ)、体水分量を測定し、血液検査では血糖値やHbA1c、インスリン抵抗性の指標であるHOMA-IR、脂質、肝機能、さらにビタミンD、ビタミンB12、フェリチン(体内の鉄の貯蔵状態を示すたんぱく質で、炎症でも上昇します)などが調べられました。
解析では、手術前から術後6か月までの位相角の変化量(6か月時点の値から手術前の値を引いたもの)に注目し、各指標との相関を調べたうえで、年齢・性別・BMIを調整した多変量線形回帰分析を行っています。なお著者ら自身が、多数の相関を検定していて多重比較の補正を行っていないため、これらの結果は探索的なものとして慎重に解釈すべきだと述べています。
主な報告結果
位相角は術後1か月・3か月・6か月のいずれの時点でも、手術前より有意に低い値を示しました(p<0.05)。さらに、3か月と6か月の値は1か月時点より低く、6か月の値は3か月時点より低いというように、時間とともに段階的な低下が続いていました。全体の平均値は手術前の5.44度から術後6か月には4.81度へと下がっています。
位相角は、どの時点でも体組成の指標と一貫した関係を示しました。BMI、脂肪量、体脂肪率とは負の相関、筋肉量、除脂肪量、体水分量とは正の相関があり(p<0.001)、なかでも脂肪量が最も強い負の相関、体水分量が最も強い正の相関を示しました。
6か月間の位相角の変化量については、年齢と負の相関(r=−0.283、p=0.002)があり、年齢が高いほど低下が大きい傾向が見られました。一方、身長とは正の相関(r=0.261、p=0.004)が認められ、背が高い人ほど低下が小さい傾向がありましたが、その仕組みは不明であると著者らは述べています。また、フェリチン(r=−0.358、p<0.001)とビタミンD(r=−0.234、p=0.010)、超過体重減少率(EWL、r=−0.220、p=0.016)の変化量とも負の相関が見られました。
年齢・性別・BMIを調整した多変量解析では、ビタミンD(β=−0.185、p=0.020)と超過体重減少率(β=−0.472、p=0.003)が6か月間の位相角の変化と独立して関連する要因として残りました。HOMA-IRも統計的有意に達しましたが(p=0.046)、基準の0.05に近い境界的な結果でした。このモデルは位相角の変化の33.4%を説明しています。なお、2つの術式の間では位相角に統計的に有意な差は認められませんでしたが、スリーブ状胃切除術の人数が6人と少なく、術式間の比較は探索的なものにとどまると著者らは断っています。
この研究が示すこと
著者らは、位相角がMBS後の早期に有意に低下し、その変化が体重やBMI、筋肉量といった体組成の指標や、空腹時血糖、フェリチン、ビタミンDなどの代謝・栄養関連の指標と関連していたと結論づけています。急激な体重減少に伴う筋肉量の減少が、細胞内の水分バランスの変化を通じて位相角の低下に寄与している可能性が、先行研究を踏まえた解釈として示されています。
ただし著者らは、この研究が後ろ向きの設計であるため因果関係は示せないこと、定期受診を続けた患者のみを対象としているため選択バイアスの可能性があり、結果をMBSを受けた患者全体に一般化するには限界があること、服薬状況や実際の食事摂取量・身体活動などの交絡要因を客観的に把握できなかったことを限界として明記しています。また、筋力や生活の質といった機能的な評価、確立された低栄養の診断基準は本研究では扱われていません。
それでもこの研究は、手術後の栄養・代謝の変化を捉えるうえで、位相角が従来の指標を補う手がかりになりうることを、幅広い指標と複数時点のデータから示した点に意味があります。体重が落ちるという目に見える変化の裏側で、細胞レベルの状態がどう動いているのかを測る視点を提示した報告だといえます。
著者:Elif MIZRAK(Department of Nutrition and Dietetics, College of Health Sciences, Istanbul Medipol University)、Halime Pulat Demır(Department of Nutrition and Dietetics, Faculty of Health Sciences, Istanbul Beykent University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Elif MIZRAK, Halime Pulat Demır. Phase angle as a potential marker of early nutritional and metabolic changes following metabolic bariatric surgery: a retrospective study. Frontiers in Nutrition 2026-09-09. DOI: 10.3389/fnut.2026.1853597. 原著ライセンス:CC BY.