著者の所属・活動拠点の国は、ハンガリーです。

掲載誌:Frontiers in Plant Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:スペルト小麦の食物繊維を遺伝子の面から調べる

スペルト小麦とパン小麦は近縁の小麦です。どちらも3種類の祖先ゲノムを2組ずつ持つ「六倍体」で、ゲノムの基本構成は共通しています。一方で、スペルト小麦の穀粒は脱穀しても殻(護穎)に包まれたまま残りやすく、穂の形も異なります。この違いには、5A染色体にある栽培化に関わる「Q遺伝子座」の型が大きく関係しています。

パン小麦では、アラビノキシラン(ペントサンと呼ばれる多糖の主成分)、β-グルカン、フルクタンといった食物繊維成分について、関係する遺伝子領域が数多く調べられてきました。著者らによると、スペルト小麦では同様の研究が少なく、食物繊維の組成を決める遺伝的な仕組みはほとんど分かっていませんでした。そのため、育種では成分を化学分析で一つずつ測って選ぶ方法に頼っており、手間がかかっていたといいます。

研究チームは二つの目標を立てました。一つは、スペルト小麦とパン小麦で水溶性の食物繊維成分と結びつくゲノム領域を見つけることです。もう一つは、ある系統がスペルト小麦の遺伝的背景を持つかどうかを確実に見分けられる、スペルト小麦に特有のDNAマーカーを見つけることです。

何をどのように調べたか

研究には28か国に由来する255系統を用いました。内訳はスペルト小麦169、パン小麦73、比較用の野生・在来の六倍体小麦13です。初年度にすべての系統を分析しました。その後、遺伝的に多様なスペルト小麦50系統とパン小麦50系統などを選び、2年間にわたって評価しました。2年目のデータは、初年度に見つかった関連の確認に使われました。

穀粒については、千粒重(粒1000個分の重さ)を測りました。食物繊維では、全ペントサン量、水で抽出できるペントサン(水溶性ペントサン)、β-グルカン、フルクタンを測定しました。

遺伝子の側は、ゲノム上の1文字単位の違いであるSNP(一塩基多型)を約2万5千か所調べられる検査を用いました。品質基準を満たした約2万か所のSNPデータから、系統どうしの遺伝的な近さを分析しました。さらに「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」を行いました。これは、多数の系統でSNPの型と成分量を照らし合わせ、成分量の違いと統計的に結びつくゲノム上の位置を探す方法です。関連が見つかった位置の周辺では、炭水化物の代謝や細胞壁の合成に関わる遺伝子を候補として探し、公開されている発現データも参照しました。

主な結果:スペルト小麦は水溶性食物繊維が少なく、見分け用のマーカーも得られた

全系統を使った初年度の分析では、全ペントサン量は両種でほぼ同じでした。一方、水溶性ペントサン、β-グルカン、フルクタンはいずれもスペルト小麦の方が有意に少ないという結果でした。スペルト小麦の平均値は、水溶性ペントサンが1グラムあたり6.85ミリグラム、β-グルカンが5.39ミリグラム、フルクタンが0.93%でした。2年間の評価でも、2年間の平均ではスペルト小麦の水溶性食物繊維が少ない傾向が確認されました。ただし年によって差の出方は異なり、2021年に両種で有意な差が出たのはβ-グルカンだけでした。

遺伝的な近さの分析では、スペルト小麦とパン小麦がはっきり別の集団に分かれました。スペルト小麦は比較的まとまった集団を作り、パン小麦の方が集団内の遺伝的なばらつきが大きいことも示されました。遺伝子バンクの記録でスペルト小麦とされていた40系統は、パン小麦に近い小集団を形成していました。著者らは、過去の交雑などでパン小麦の遺伝子が入り込んだ可能性を挙げています。

スペルト小麦の主要集団では、すべての系統が同じ型を持つSNPが389か所見つかりました。ただし、パン小麦のすべての系統が別の型を持つSNPはありませんでした。そこで研究チームは、スペルト小麦の型を持つパン小麦が9系統未満に限られるSNPを選び、16個の診断用マーカーを得ました。論文は、これらを組み合わせて使うことで、スペルト小麦の系統を高い信頼性で識別できると報告しています。パン小麦73系統のうち31系統はスペルト型を少なくとも一つ持っていましたが、4個を超えて持つのは7系統だけで、最も多い品種でも8個にとどまりました。16個のうち7個は、5A染色体上のQ遺伝子座から約22〜30Mb(メガ塩基対)離れた領域に集まっていました。

食物繊維成分との関連解析では、2年間を通して安定した効果を示すマーカーが、水溶性ペントサンで6個、β-グルカンで6個、フルクタンで11個確認されました。全ペントサン量については、安定した効果を示すマーカーは見つかりませんでした。いずれの水溶性成分でも、含量が低くなる側の型がスペルト小麦に特徴的でした。最も強い関連は、2D染色体にあるフルクタン関連のマーカーで見られました。このマーカーは、系統間でのフルクタン量のばらつきの約13%を説明していました。

候補遺伝子の探索では、水溶性ペントサンに関連する7A染色体の領域に、細胞壁の多糖の合成に関わるとされる遺伝子群がまとまっていることが示されました。フルクタンに関連する7A染色体の領域では、フルクタンの分解に関わるとされる酵素遺伝子の集まりが見つかりました。著者らはこれらを、成分量の違いに関与する可能性のある候補として位置づけています。

研究から見えてくること

この研究は、スペルト小麦がパン小麦とは遺伝的に区別される集団であることを改めて示しました。あわせて、水溶性の食物繊維成分の量にも両者の違いがあり、その違いと結びつくゲノム上の位置を具体的に挙げました。

スペルト小麦に特徴的なSNPの組み合わせは、育種材料や遺伝子バンクに保存された系統がスペルト小麦の遺伝的背景を持つかを確かめる手がかりになります。著者らは、これらのマーカーを簡便なDNA検査法に置き換えれば、迅速で低コストな識別につながる可能性があると述べています。食物繊維に関するマーカーや候補遺伝子も、成分を化学分析だけに頼らずに系統を選ぶ育種の基礎情報になりうるものとして示されています。

原著論文の著者・所属:Marianna Rakszegi(Agricultural Institute, Centre for Agricultural Research, Hungarian Research Network)、Viola Tóth(Agricultural Institute, Centre for Agricultural Research, Hungarian Research Network)、Sándor Tömösközi(Research Group of Cereal Science and Food Quality, Department of Applied Biotechnology and Food Science, Faculty of Chemical Technology and Biotechnology, Budapest University of Technology and Economics)、Marietta Juhászné Szentmiklóssy(Research Group of Cereal Science and Food Quality, Department of Applied Biotechnology and Food Science, Faculty of Chemical Technology and Biotechnology, Budapest University of Technology and Economics)、Edina Jaksics(Research Group of Cereal Science and Food Quality, Department of Applied Biotechnology and Food Science, Faculty of Chemical Technology and Biotechnology, Budapest University of Technology and Economics)、Gyöngyvér Gell(Agricultural Institute, Centre for Agricultural Research, Hungarian Research Network)、Ágnes Bencze(Agricultural Institute, Centre for Agricultural Research, Hungarian Research Network)、Álmos Pance(Agricultural Institute, Centre for Agricultural Research, Hungarian Research Network)、Péter Mikó(Agricultural Institute, Centre for Agricultural Research, Hungarian Research Network)、Szabolcs Makai(Agricultural Institute, Centre for Agricultural Research, Hungarian Research Network)、Ildikó Karsai(Agricultural Institute, Centre for Agricultural Research, Hungarian Research Network)、András Cseh(Agricultural Institute, Centre for Agricultural Research, Hungarian Research Network)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Marianna Rakszegi, Viola Tóth, Sándor Tömösközi, et al. Genome-wide association analysis of fiber-related traits and identification of diagnostic SNP markers differentiating spelt wheat (Triticum spelta L.) from bread wheat. Frontiers in Plant Science 2026-08-07. DOI: 10.3389/fpls.2026.1907921. 原著ライセンス:CC BY.