同じ料理を食べても、「ちょうどいい」と感じる人もいれば「苦い」「塩辛い」と感じる人もいます。こうした味の感じ方の個人差には、育った環境や食習慣だけでなく、生まれ持った遺伝的な要因も関わっていると考えられています。今回紹介する総説論文は、味覚の感じ方や食べ物の好みに関わる遺伝的な変異について、これまでに得られている科学的知見を整理したものです。
「味覚」「味の嗜好」「食の好み」は別々に考える必要がある
この論文ではまず、食に関わる行動を理解するうえで、3つの概念を区別することの重要性を指摘しています。ひとつは「味覚(taste perception)」で、これは甘味・塩味・苦味・酸味・うま味といった基本的な味に対する生物学的な感受性の個人差を指します。もうひとつは「味の嗜好(taste preferences)」で、これは各種の味(甘味、塩味、苦味、酸味、うま味、脂肪の味など)に対する好き嫌いという、快・不快の評価にあたるものです。味覚と味の嗜好は密接に関連しつつも、別の性質であるとされています。そして3つ目が、より広い意味での「食の好み(food preferences)」で、こちらは日々の食べ物の選択そのものに関わる概念です。これら3つはいずれも遺伝的要因と環境的要因の両方によって形作られると説明されています。
味覚に関わる具体的な遺伝子とは
近年の感覚遺伝学の研究では、味覚や各味覚モダリティへの反応の個人差に関連する、多数の一塩基バリアント(SNV)が同定されてきたと報告されています。この論文では、味の種類ごとに関わるとされる代表的な遺伝子が挙げられています。甘味についてはTAS1R2とTAS1R3、うま味についてはTAS1R1とTAS1R3、苦味についてはTAS2R38が重要な遺伝子とされています。また、脂肪の感じ方にはCD36が、塩味への感受性には上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)のサブユニットが関わるとされています。
さらに、味覚そのものだけでなく、より広い食の好みや食行動には、代謝の調節や脳内の報酬系の働きに関わる遺伝子も関係していると述べられています。具体的には、FTO、MC4R、GHRL、DRD2、OPRM1といった遺伝子のバリアントが、食に関する行動や選択のパターンに影響しうることが示されています。加えて、健康状態そのものや他の遺伝的な変異も、味覚や食の好みに影響を与えうる要因として挙げられています。
この論文の位置づけと読むうえでの注意
この論文は総説(レビュー)であり、これまでに蓄積されてきた研究知見を整理・要約したものです。特定の実験や調査を新たに行った研究ではなく、味覚や食の好みに関わる遺伝的要因が「多因子的」であること、つまり単一の遺伝子だけでなく、複数の遺伝子や環境要因が組み合わさって個人差を生み出していることを強調する内容となっています。特定の遺伝子を持っているからといって、必ずしも特定の味の好みや食行動が決まるというわけではなく、あくまで個人差に寄与しうる要因の一つとして紹介されている点に注意が必要です。
まとめ
「なぜ自分はこの味が苦手なのか」「なぜ家族と味の好みが違うのか」といった素朴な疑問の背景には、TAS2R38をはじめとする味覚関連遺伝子や、FTO・MC4R・DRD2といった代謝・報酬系に関わる遺伝子のバリアントが関係している可能性があると、この総説では整理されています。食の好みは単純な一つの原因で決まるものではなく、遺伝的な多様性と環境要因が絡み合って形作られるものだと言えそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:味覚と食嗜好に影響を与える遺伝的変異:現在のエビデンス(ニュートリエンツ・2026年08月)