この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:International Journal of Molecular Sciences

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

ジャガイモは小麦、イネ、トウモロコシに次ぐ世界第4位の食用作物で、デンプンのほかタンパク質やアミノ酸、ビタミン、ミネラルを豊富に含みます。一方で土壌の塩類化は世界的な課題であり、論文によれば2021年時点で塩害を受けた土壌は世界で8億3300万ヘクタールを超えています。ジャガイモは塩ストレスに中程度の感受性を示し、代謝が乱れて萎れや枯死に至り、収量が落ちることがあると著者らは述べています。

研究チームが着目したのはBIN2というタンパク質リン酸化酵素です。BIN2は植物ホルモンであるブラシノステロイド(BR)のシグナル伝達を負に制御する中心的な酵素で、シロイヌナズナなどでは低温・高温・乾燥・塩といったさまざまな環境ストレスへの応答に関わることが報告されています。しかしジャガイモのStBIN2が塩ストレスに対してどう働くかは十分に分かっていませんでした。そこで著者らは、StBIN2の性質を情報解析で調べたうえで、遺伝子の働きを強めた植物と弱めた植物を作り、塩ストレス下での違いを比較することを目的としました。

何をどう調べたか

著者らはまずジャガイモ品種『川渝10号』からStBIN2を単離し、遺伝子とタンパク質の構造を解析しました。報告によると全長は6736塩基対で10個のエキソンと11個のイントロンを持ち、383個のアミノ酸をコードします。タンパク質の分子量は43.568 kDa、等電点は8.47とされ、シロイヌナズナのAtBIN2と最も近縁でした。また、トマトやタバコなど他種のBIN2と共通する保存されたセリン/スレオニンキナーゼ領域(リン酸化を担う共通の構造部分)を持つことも確認されています。タバコの葉を使った蛍光タンパク質の観察では、StBIN2は細胞の核に局在していました。

遺伝子がどの器官で働いているかを調べたところ、花、塊茎、芽の部分(芽眼)、葉で発現が高く、根と茎では中程度でした。さらに遺伝子の発現を制御する上流領域(プロモーター)を解析すると、植物ホルモンのアブシシン酸(ABA)に応答する配列やジベレリン(GA)に応答する配列、ストレス応答に関わる配列が複数見つかりました。収穫後の塊茎をABA、GA、BRの溶液に浸して発現量の変化を追ったところ、ABA処理では発現が一度上昇してから下がり、0時間時点の1.87〜2.39倍に達しました。一方GAとBRの処理では発現が低下し、低下はBRのほうが速く進みました。

塩ストレスの実験では、アグロバクテリウムを使った形質転換によりStBIN2の発現を高めた過剰発現(OE)系統と、発現を抑えたRNAi系統を作出しました。約3週間育てた苗に200 mMの塩化ナトリウム溶液を与え、10日後の草丈や葉の状態、さらに抗酸化酵素の活性などを測定しています。

主な報告結果

通常の生育条件では、遺伝子を導入した系統と野生型のあいだに目立った外見の違いはありませんでした。しかし塩ストレスを10日間与えると、すべての系統が何らかの傷害を受けたうえで差が現れました。野生型と比べた草丈は、過剰発現系統OE-StBIN2#2で1.13倍、OE-StBIN2#3で1.12倍と報告されています。一方、2つのRNAi系統は0.96倍にとどまりました。葉の萎れは過剰発現系統で比較的軽く、RNAi系統で最も強く出たと述べられています。

生理指標では、200 mMの塩ストレス下で過剰発現系統のCAT(カタラーゼ)とSOD(スーパーオキシドジスムターゼ)という抗酸化酵素の活性が、RNAi系統や野生型より有意に高くなりました。逆に、細胞膜の脂質が酸化された度合いの目安となるMDA(マロンジアルデヒド)と、活性酸素の一種である過酸化水素(H₂O₂)の含量は、過剰発現系統で低い値を示しました。著者らはこれらの結果から、StBIN2は抗酸化酵素の活性を高めて活性酸素の蓄積を抑え、細胞膜の酸化的な傷害を和らげることで、ジャガイモの塩ストレス耐性を高めていると考察しています。

この研究が示すこと

この研究は、ジャガイモのStBIN2が塩ストレスへの応答に関わる遺伝子であることを、遺伝子の性質、ホルモンへの反応、そして過剰発現・抑制系統の比較という複数の角度から示したものです。ABAで発現が誘導され、BRとGAでは抑えられるという応答のしかたは、StBIN2が互いに拮抗するホルモンのシグナルをつなぐ位置にあり、通常の成長とストレスへの備えのバランス調整に関わる可能性を示唆すると著者らは述べています。

塩害を受けた土壌が広がるなかで、作物の側にどのような仕組みが備わっているのかを分子のレベルで理解することは、耐塩性の改良を考えるうえでの出発点になります。著者らは本研究の知見を、StBIN2とその関連シグナル経路がジャガイモの塩ストレス適応で果たす役割を理解するための理論的な手がかりとして位置づけています。

著者:Shifeng Liu(Panxi Crop Improvement Key Laboratory of Sichuan Province, College of Agricultural Science, Xichang University, Liangshan 615300, China)、Yichen Wang(School of Foreign Languages and Cultures, Xichang University, Liangshan 615300, China)、Juqin Wang(Panxi Crop Improvement Key Laboratory of Sichuan Province, College of Agricultural Science, Xichang University, Liangshan 615300, China)、Rui Peng(Panxi Crop Improvement Key Laboratory of Sichuan Province, College of Agricultural Science, Xichang University, Liangshan 615300, China)、Chengcheng Cai(College of Agronomy, Sichuan Agriculture University, Chengdu 611130, China)、Lang Yan(Panxi Crop Improvement Key Laboratory of Sichuan Province, College of Agricultural Science, Xichang University, Liangshan 615300, China)、Xianjun Lai(Panxi Crop Improvement Key Laboratory of Sichuan Province, College of Agricultural Science, Xichang University, Liangshan 615300, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Shifeng Liu, Yichen Wang, Juqin Wang, et al. Overexpression of StBIN2 Improves Salt Stress Tolerance in Potato. International Journal of Molecular Sciences 2026-08-29. DOI: 10.3390/ijms27177747. 原著ライセンス:CC BY.