この研究は、インドネシアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Environmental Economics
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
水田は食料生産を支える一方で、気候変動とも深く関わっています。湛水(たんすい)した田んぼの土の中では酸素が乏しい状態が生まれ、メタン(CH₄)が発生します。また窒素肥料などからは一酸化二窒素(N₂O)が出ます。同時に、イネは光合成によって大気中の二酸化炭素(CO₂)を取り込むため、水田は「排出源」と「吸収源」という二つの顔を併せ持ちます。
著者らによれば、これまでの研究の多くは一作期あたりのメタン排出量の測定や、植物の純一次生産量(NPP:イネが光合成で固定した炭素から、イネ自身の呼吸で放出した分を差し引いた量)の測定に基づいており、収穫後にその炭素がどうなるかまでは十分に考慮されてこなかったといいます。そこで本研究は、水田生態系の正味の炭素蓄積量を推定し、年間の正味温室効果ガス収支を算出したうえで、SDGs目標13(気候変動対策)と目標15(陸の豊かさ)の達成に向けた経済的・生態学的な含意を検討することを目的としています。
何をどのように調べたか
調査地はインドネシア・東ジャワ州シドアルジョ県タリック郡です。著者らは、この地域が広い水田(1,332.18ヘクタール)を残しつつ、スラバヤ都市圏に隣接し工業地帯も抱えている点を踏まえて、代表性のある場所として選んだと述べています。生産性が高く立地条件の良い1ヘクタールの圃場を対象に、2026年1月の第1作期と同年6月の第2作期にわたって観測を行いました。
分析の枠組みとして用いられたのが、純生態系炭素収支(NECB)です。これは、ある生態系に一定期間(通常は1年)に入ってくる炭素と出ていく炭素をすべて足し引きして、正味でどれだけ炭素が溜まったか(あるいは失われたか)を表す考え方です。単一作期・植物単位でみるNPPよりも包括的な指標だと著者らは位置づけています。具体的には、イネが蓄えた炭素(籾・わら・根・根から土壌へ放出される分)を集計したNPPから、収穫によって持ち出される炭素、生態系呼吸で失われる炭素、メタンとして失われる炭素を差し引き、堆肥など外部から持ち込まれる有機物の炭素を加えて算出しています。
イネのバイオマスは、1ヘクタールを16区画に分け、各区画から最も重い株と最も軽い株を1つずつ、計32株を採取して測定されました。地上部(茎・葉・穂)と地下部(根)に分けて生重量を量り、70℃で乾燥させて乾燥重量を求めています。メタンとN₂Oの排出量は、水管理や有機物投入などの条件に応じた係数を用いるIPCCの手法で推計され、これらはCO₂換算(CO₂e)に変換されました。なお著者らは、土壌有機炭素の経年変化のデータは本研究では得られていないこと、土壌呼吸については条件の類似する先行研究の値(278.52mg hr⁻¹m⁻²)を用いたことを明記しています。
報告された主な結果
著者らの報告によれば、この水田からの年間排出量はメタンが3.63t CO₂e ha⁻¹ yr⁻¹、N₂Oが0.72t CO₂e ha⁻¹ yr⁻¹で、合計4.35t CO₂e ha⁻¹ yr⁻¹でした。一方、純生態系炭素収支(NECB)は0.59t C ha⁻¹で、CO₂に換算すると2.17t CO₂e ha⁻¹ yr⁻¹にあたります。
この両者を差し引いた年間の正味温室効果ガス収支は、2.18t CO₂e ha⁻¹ yr⁻¹という正の値になりました。この枠組みでは正の値は「正味の排出源」を意味します。つまり、イネが炭素を蓄える働きはあるものの、メタンとN₂Oの排出がそれを上回っていた、というのが著者らの報告です。
さらに著者らは、この排出量に2021年の税制調和に関する法律第7号が定めるインドネシアの炭素税(1t CO₂eあたり30,000ルピア)を当てはめた経済的評価を行っています。その結果、環境面での炭素税負担に相当する額は1ヘクタールあたり年間65,400ルピア(約3.67米ドル)と算出されました。これは、環境への負の影響に対して課税する「ピグー税」の考え方に沿った試算だと説明されています。
バイオマス測定のばらつきについても報告があります。32株の平均生重量は1株あたり122.78g、標準偏差18.75g、変動係数15.27%で、95%ブートストラップ区間は116.569〜129.222gでした。著者らはこれを、区画レベルの推定値としては十分な精度がある一方、株ごとの生物学的なばらつきは大きい、と評価しています。
この研究が示すこと
著者らは、調査対象となった水田が正味では温室効果ガスの排出源として機能していたと述べ、SDGs目標13および15の達成に向けた管理上の方向性として、生産性を落とさない範囲での施肥量と施肥時期の最適化、土地管理に見合った形でのわらや有機物の適切な還元、そして排出削減のための間断灌漑(常時湛水ではなく周期的に水を入れ替える方式)の活用を挙げています。
本研究の意義は、一作期のメタン排出量だけを見るのではなく、イネによる炭素の取り込みから収穫による持ち出し、非CO₂ガスの排出までを一つの年間収支として捉え、さらにそれを金額に換算する道筋を示した点にあります。著者らは、気候の収支という視点を持続可能な土地管理の実践に組み込んでいく必要性を指摘しています。
著者:Markus Patiung(Department of Agribusiness, Faculty of Agriculture, Wijaya Kusuma University)、Nugrahini Susantinah Wisnujati(Department of Agribusiness, Faculty of Agriculture, Wijaya Kusuma University)、Yennyka Leilasariyanti(Department of Agribusiness, Faculty of Agriculture, Universitas Pembangunan Nasional “Veteran” Jawa Timur)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Markus Patiung, Nugrahini Susantinah Wisnujati, Yennyka Leilasariyanti. Carbon sequestration and the annual net greenhouse gas balance of paddy fields, and their economic-ecological implications within the framework of sustainable development goals 13, 15. Frontiers in Environmental Economics 2026-09-09. DOI: 10.3389/frevc.2026.1906407. 原著ライセンス:CC BY.