この研究は、インドの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Gels (Basel, Switzerland)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
すり身は、カニ風味かまぼこや魚肉練り製品などの原料として広く使われる中間素材です。研究チームは、淡水魚のパンガシウス(Pangasianodon hypophthalmus)に注目しました。論文によれば、インドは2024年時点で推定45万トンを生産する世界第2位のパンガシウス生産国であり、安価で入手しやすいことからすり身原料として有望だと位置づけられています。
一方で著者らは、パンガシウスのすり身製品はpHの変化が早く、低温でも増える微生物が比較的早期に現れ、保存中に食感や白さが失われやすいという課題を挙げています。そこで着目されたのが、カニ殻などに由来するキトオリゴ糖(CHOS)と、植物に含まれる天然のフラボノイドであるケルセチン(Q)です。キトオリゴ糖は、糖がいくつかつながった短い鎖状の物質で、すり身の食感改善に役立つと報告されてきました。ケルセチンには抗菌作用や抗酸化作用があることが知られています。
これまでの研究では、キトオリゴ糖にポリフェノールを化学的に結合させた「複合体」を作る方法が試されてきましたが、著者らはその合成には多段階の工程や薬剤、精製が必要で、コストが高く工業化しにくいと指摘しています。そこで本研究では、複合体を作らずに、キトオリゴ糖をあらかじめ加えたすり身へケルセチンをそのまま混ぜ込むという、より簡便な方法を検討しました。ポリフェノールは量や作用の仕方によってゲル形成を助けることも妨げることもあるため、適切な添加量を見極めることが課題でした。
何をどう調べたか
研究チームは、キトオリゴ糖を0.75%(重量比)加えたパンガシウスすり身ゲルを用意し、そこにケルセチンを0.01%から0.05%まで5段階(Q1〜Q5)で加えた試料と、ケルセチンを加えない対照試料を比較しました。
評価した項目は多岐にわたります。ゲルの強さ(破断力・変形量・ゲル強度)、硬さや弾力などの食感、色の明るさや白さ、水分を保つ力(保水性)、タンパク質どうしをつなぎ留める分子間の結びつき、赤外分光法(FT-IR)や電気泳動(SDS-PAGE)、電子顕微鏡(SEM)による構造の観察、熱に対する安定性、そして抗酸化活性や抗菌活性、官能評価などです。抗酸化活性はABTSとDPPHという2種類のラジカル消去試験で、抗菌活性は大腸菌(E. coli)と黄色ブドウ球菌(S. aureus)に対して調べられました。
報告された主な結果
著者らの報告によれば、ケルセチンを加えると水分・タンパク質・脂質・灰分といった基本組成にはほとんど影響がなかった一方で、pHは添加量が増えるにつれて明確に低下しました(対照の6.88に対しQ5で6.53)。これはケルセチンが持つ複数の水酸基が水素イオンを放出しうることなどによると説明されています。
ゲルとしての性質は、0.04%添加(Q4)で最も良好でした。破断力は654.70 g、変形量は1.13 cm、ゲル強度は707.82 g cmに達し、硬さ・弾力・凝集性・咀嚼性・弾性回復のいずれもQ4で最大値を示しました。保水性も対照の85.22%からQ4の90.66%へと高まり、圧力をかけたときに出てくる水分(離水)は減少しました。またタンパク質の分解を示す指標も低下しました。ただし0.05%(Q5)ではこれらの値がわずかに下がっており、著者らはこれを、ケルセチンが多すぎると架橋が過剰になってタンパク質が固まり集まってしまい、整った網目構造ができにくくなるためと解釈しています。
構造面の解析では、ケルセチンが水素結合と疎水性相互作用を介してミオシン重鎖(筋肉の主要タンパク質の一部)どうしの架橋を促し、より密で緻密なゲルの網目構造と、より高い熱安定性が生まれたことが確認されたと報告されています。分子間の結びつきの指標も、イオン結合・水素結合・疎水性相互作用のいずれもQ4で最大となりました。
機能性の面では、ABTSおよびDPPHのラジカル消去活性と、大腸菌・黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性が、ケルセチンの濃度に応じて高まりました。その一方で、ケルセチン本来の黄色い色素のため、明度(L*)と白色度は低下し、黄色みは強まりました(白色度は対照の74.97からQ5の62.58へ)。白さが重視されるすり身製品にとって、この点は技術上の調整が必要な変化として位置づけられています。
この研究が示すこと
この研究は、複雑な化学合成を経てキトオリゴ糖とポリフェノールを結合させなくても、ケルセチンを直接混ぜ込むだけで、すり身ゲルの強度・食感・保水性を高め、抗酸化性と抗菌性を付与できることを示しました。同時に、ポリフェノールの効果が量に強く依存すること、つまり多ければ良いわけではなく、0.04%という適量を超えると逆にゲル構造が乱れることも、同じ試験のなかで明らかにしています。
また、機能性の向上と引き換えに白さが失われるという、相反する性質が同時に生じることも率直に報告されています。素材の機能を高める添加物を考えるうえで、利点と代償を同じ物差しで並べて見ることの大切さが、この研究からは伝わってきます。
著者:Pati BK(College of Fisheries, Odisha University of Agriculture and Technology, Berhampur 760007, Odisha, India.; College of Fisheries, Central Agricultural University, Agartala 799210, Tripura, India.)、Priyadarshini MB(College of Fisheries, Central Agricultural University, Agartala 799210, Tripura, India.)、Mehta NK(College of Fisheries, Central Agricultural University, Agartala 799210, Tripura, India.)、Patel AB(College of Fisheries, Central Agricultural University, Agartala 799210, Tripura, India.)、Gaurav K(College of Fisheries, Central Agricultural University, Agartala 799210, Tripura, India.)、Anand S(College of Fisheries, Central Agricultural University, Agartala 799210, Tripura, India.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Pati BK, Priyadarshini MB, Mehta NK, et al. Impact of Quercetin on the Functional and Structural Properties of Chitooligosaccharide (CHOS)-Enriched Surimi. Gels (Basel, Switzerland) 2026-08-29. DOI: 10.3390/gels12090776. 原著ライセンス:CC BY.