著者の所属・活動拠点の国は、スペインです。
掲載誌:Frontiers in Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
食事の内容を正確に把握することは、栄養と健康の関係を調べるうえで欠かせません。しかし従来の食事調査法、たとえば食事日記や24時間思い出し法、頻度調査票などは、記憶違いや「実際より健康的に見せたい」という心理(社会的望ましさバイアス)の影響を受けやすく、参加者にも記録の負担がかかることが課題とされてきました。この研究では、スマートフォンを使って食事の様子をリアルタイムで繰り返し尋ねる「生態学的瞬間評価(EMA)」という手法を、認知機能低下のリスクがある高齢者を対象にした食事介入プログラムの中で試し、その使いやすさと精度を検証しています。
どんな人を対象に、どう調べたのか
対象になったのは、主観的な物忘れの自覚があり、アルツハイマー病のリスクに関わる遺伝子型(APOE-ε4)を持つ60~80歳の104人です。これは、地中海式食事・運動・脳トレーニング・社会的交流を組み合わせた12か月間の生活習慣介入試験「PENSA」(ClinicalTrials.gov登録番号NCT03978052)の一部として実施されました。参加者は毎日決まった時刻にSMSでリンクを受け取り、そこから4つの選択式の質問に答える仕組みで、果物、野菜、エキストラバージンオリーブオイル、全粒穀物、豆類、ナッツ、魚介類といった健康的とされる食品群と、清涼飲料、菓子・ペストリー、赤身肉・加工肉といった摂りすぎに注意したい食品群、合計11の食品群を4週間かけて一巡するローテーション形式で尋ねました。毎日同じ質問をするのではなく質問を入れ替えることで、参加者の負担を抑えながら幅広い食品群をカバーする工夫がされています。4週間ごとには、これまでの地中海式食事の達成度スコアや改善のためのアドバイス、季節のレシピなどをまとめた個別フィードバックがメールで送られました。
この毎日の簡易調査(EMA)の結果は、比較のために従来使われてきた「地中海式食事アドヒアランス・スクリーナー(MEDAS-14)」という14項目の質問票や、参加者が食べたものを3日間詳細に記録する食事日記とも照らし合わせられました。食事日記の記録は栄養士が対面で内容を確認し、Nutritics(ヌートリティクス)という栄養分析ソフトを使って栄養素や食品群ごとの摂取量に換算されています。
研究でわかったこと
まず地中海式食事への適合度は介入期間を通じて上昇したと報告されています。毎日のEMAスコアは介入開始1か月目の平均73.6%から、12か月目には82.3%まで上昇しました。従来型のMEDASスコアも、開始時の平均7.9点(満点14点)から6か月で10.7点、12か月で11.2点へと有意に上昇したとされています。またEMAで算出したスコアとMEDASスコアの相関は、6か月時点でρ(相関係数)=0.36、12か月時点でρ=0.46へと徐々に強まったことも示されており、毎日の簡易調査と従来の面接式調査が時間とともに近い結果を示すようになった可能性がうかがえます。
食事日記による栄養素の変化を見ると、食物繊維の摂取量が明確に増加し、一価不飽和脂肪酸(オリーブオイルなどに多く含まれる脂肪の一種)や葉酸、カリウムの摂取も増える一方、遊離糖(添加された砂糖など)、飽和脂肪酸、ナトリウムの摂取は減少したと報告されています。食品群別に見ても、果物・野菜・豆類・ナッツ・全粒穀物・魚介類・卵の摂取が増え、精製穀物や超加工食品、加工肉、赤身肉、清涼飲料の摂取が減ったとされ、特に精製穀物と超加工食品の減少幅が大きかったとされています。EMAで算出したスコアが高い参加者ほど、食事日記でも果物・野菜・全粒穀物・ナッツの摂取量が多く、逆に清涼飲料や菓子類、赤身肉・加工肉の摂取量が少ない傾向が確認され、両者の結果が矛盾しない方向を示したとされています。
健康指標との関連も調べられており、EMAスコアが高い参加者ほど、BMI(体格指数)、内臓脂肪指数、体脂肪率が低く、インスリン抵抗性の指標であるHOMA-IRやHbA1c(ヘモグロビンA1c、血糖コントロールの指標)、中性脂肪とブドウ糖の値から算出するTyG指数、さらに生活習慣に基づく認知症リスク指標「LIBRAスコア」も低い傾向が見られたと報告されています。加えて、この毎日の調査は肥満度によって効果の出方に差があった可能性も示されており、肥満に分類された参加者では標準体重の参加者に比べてスコアの改善速度が緩やかで、12か月時点のスコアも約8ポイント低かったとされています。使いやすさの面では、質問への回答率は介入開始1か月目の平均93.2%から12か月目には86.6%へと緩やかに低下したものの、全体としては高い水準で維持され、参加者からの評価も肯定的だったと報告されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
著者らは、この毎日の簡易調査(EMA)が正確なカロリーや栄養素量を細かく推定する目的には向いておらず、あくまで食習慣の傾向を把握する手法として位置づけられるべきだと述べています。また、EMAと食事日記・MEDASとの一致度を詳しく調べたところ、果物や野菜など「積極的に摂りたい」食品群については感度(摂取している人を正しく検出する力)は高い一方で特異度は低く、逆に清涼飲料や菓子類のような「控えたい」食品群では判別の精度が十分でなかった項目もあったとされています。この研究は104人という比較的小規模な集団を対象にした1件の検証研究であり、対象は認知機能低下のリスクを持つ60~80歳という特定の集団に限られる点にも注意が必要です。得られた結果がそのまま他の年齢層や集団にも当てはまるとは限らず、地中海式食事への適合度を高めることが体重や血糖などの指標の改善を直接もたらすと結論づけるものでもありません。
この研究にはスペイン・バルセロナのHospital del Mar Research Instituteをはじめとする研究機関の著者が参加しており、統計解析にはバルセロナ工科大学(BarcelonaTech)の研究者も関わっています。日本の研究機関や日本の食習慣への言及は、提供された資料の範囲では見当たりませんでした。
まとめ
この研究は、スマートフォンを使って毎日短時間で食習慣を尋ねる仕組みが、高齢者を対象とした長期の生活習慣介入において実行可能であり、従来の食事調査法や健康関連の指標とも矛盾しない方向の結果を示したことを報告するものです。ただし一つの研究による知見であり、対象者の範囲や手法自体の限界も指摘されていることから、今後さらに幅広い集団での検証が求められる段階にあると言えます。
原著論文の著者・所属:Anna Boronat(Integrative Pharmacology and Clinical Neurosciences, Hospital del Mar Research Institute)、Natalia Soldevila‐Domenech(Clinical Research and Risk Factors for Neurodegenerative Diseases Group, Barcelonaβeta Brain Research Center, Pasqual Maragall Foundation)、Joana Clivillé-Pérez(Department of General and Digestive Surgery, Hospital del Mar)、Aida Cuenca‐Royo(Integrative Pharmacology and Clinical Neurosciences, Hospital del Mar Research Institute)、Maria Gomis‐González(Integrative Pharmacology and Clinical Neurosciences, Hospital del Mar Research Institute)、Thaïs Lorenzo(Integrative Pharmacology and Clinical Neurosciences, Hospital del Mar Research Institute)、Iris Piera(Integrative Pharmacology and Clinical Neurosciences, Hospital del Mar Research Institute)、Klaus Langohr(Departament d’Estadística i Investigació Operativa, Universitat Politècnica de Catalunya—BarcelonaTech)、Montserrat Fitó(Centro de Investigación Biomédica en Red de Obesidad y Nutrición (CIBEROBN))、Helmut Schröder(Centro de Investigación Biomédica en Red de Epidemiologia y Salud Pública (CIBERESP))、Oriol Grau‐Rivera(Centro de Investigación Biomédica en Red de Enfermedades Neurodegenerativas (CIBERNED))、Nieves Pizarro(Integrative Pharmacology and Clinical Neurosciences, Hospital del Mar Research Institute)、Laura Forcano(Centro de Investigación Biomédica en Red de Obesidad y Nutrición (CIBEROBN))、Rafael de la Torre(Centro de Investigación Biomédica en Red de Obesidad y Nutrición (CIBEROBN))
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Anna Boronat, Natalia Soldevila‐Domenech, Joana Clivillé-Pérez, et al. Dietary ecological momentary assessments: validation against food diaries and associations with health biomarkers. フロンティアーズ・イン・ニュートリション (2026). DOI: 10.3389/fnut.2026.1927498. 原著ライセンス: cc-by.