ピスコやグラッパのような香り高いブドウ蒸留酒は、ブドウ果汁を発酵させたのち蒸留してつくられます。この際、酵母による発酵を途中で人為的に止める『発酵停止』という工程が使われることがあり、これによって果汁に残る糖分や酵母の代謝状態、香りのもとになる揮発性成分(前駆体)の量が変わってきます。ただし、発酵をどのタイミングで止めるのが望ましいかについては、これまで十分に標準化されていませんでした。今回紹介する研究は、この『発酵停止のタイミング』を工程管理の指標として捉え、トロンテル種のブドウを用いた蒸留酒でその影響を調べたものです。
研究でわかったこと
研究チームは、発酵を止める時点でのもろみ(発酵中の果汁)の密度に着目しました。密度は発酵の進み具合を示す指標で、発酵が進むほど糖がアルコールに変わり密度は下がっていきます。今回は1.050〜1.010 g/mLの範囲で5段階の密度を設定し、それぞれの時点で発酵を止めたうえでバッチ式の蒸留を行い、得られた蒸留酒を比較しました。
評価には、アルコール度数や、メタノール、アセトアルデヒド、高級アルコールといった主要な香気成分(コンジェナー)の濃度を調べる理化学分析に加え、ガスクロマトグラフィー(水素炎イオン化検出器、GC-FID)による分析、そして専門家による官能評価(香りや味わいの評価)が用いられました。
その結果、発酵停止時のもろみ密度が高いほど(=発酵の進みが浅いほど)、メタノール、アセトアルデヒド、高級アルコールの濃度が高くなる一方、エタノール含有量は低くなる傾向が見られました。評価した各条件の間で化学組成にははっきりとした違いが見られたものの、全体としての官能的な好ましさ(総合的な受容性)の違いは限定的だったと報告されています。ただし、中間的な密度で発酵を止めた蒸留酒は、香りのバランスや調和という点でより良好な評価を示したとされています。多変量解析(複数の指標を同時に扱う統計的な手法)でも、発酵停止密度は蒸留酒間の化学的な違いのパターンと関連が見られた一方で、官能面での知覚との関連はより限定的であったことが示唆されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、香り高い部分発酵ブドウ蒸留酒の製造において、発酵停止の戦略を最適化するための一つの枠組みを示すものとされています。今回の結果は特定の条件(トロンテル種のブドウ、設定された密度範囲、バッチ蒸留という方法など)のもとで得られたものであり、一つの研究による知見です。化学組成の違いが必ずしも官能評価の大きな差に直結しているわけではないという点も、この研究が示した特徴の一つです。
まとめ
今回紹介した研究は、ブドウ蒸留酒づくりにおいて発酵を止めるタイミング(もろみ密度)が、メタノールやアセトアルデヒド、高級アルコールといった香気成分の組成に影響を与える一方、官能的な好ましさへの影響は限定的であったことを報告しています。中間的な密度で発酵を止めた場合に、香りのバランスがより良好であったとされており、今後の製造工程の検討に役立つ知見として位置づけられています。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:発酵停止密度が香り高いブドウ蒸留酒のコンジェナー組成と官能特性に与える影響(ビバレッジズ・2026年08月)