りんごを発酵させて作るアップルサイダーは、ワインと同じくアルコール発酵を経て作られる飲料です。ワイン造りでは酸化を防いだり微生物の働きを抑えたりする目的で、二酸化硫黄(SO2、いわゆる亜硫酸)が古くから使われてきました。しかし、アップルサイダーの発酵中に亜硫酸がどのように「酸化還元電位(ORP、レドックス電位)」に影響するかは、これまで記録されたことがなかったといいます。今回、米カリフォルニア州立工科大学(サンルイスオビスポ校)のワイン・ブドウ栽培学科などの研究者らが、この点を調べた研究を発表しました。
どのように調べたのか
研究チームは、搾りたてのりんご果汁を用意し、アルコール発酵を始める前に一方には遊離SO2を30mg/L添加し(RED区)、もう一方には添加せず(CON区)発酵させました。発酵の進み方、ORP、基本的な化学組成、有機酸、窒素化合物、遊離・全SO2、グルタチオン(GSH)、フェノール類、揮発性成分(香り成分)を発酵中および「ラッキング(澱引き)」の際に測定し、瓶詰め後には官能評価(人による味や香りの評価)も行われました。
研究でわかったこと
SO2の添加は、発酵の速度、酵母による窒素の利用、エタノールの生成量、ラッキング時点での揮発性成分の組成には影響を与えなかったと報告されています。一方でORPについては、Ag/AgCl参照電極に対して、アルコール発酵が始まる前の最大値がCON区で310mV、RED区で218mVとなり、アルコール発酵のピーク付近での最小値はそれぞれ−94mVと−136mVでした。発酵中の平均ORPはCON区で−29mV、RED区で−47mVでした。ただし、ORPをY=0mVを基準とした正味の曲線下面積(AUC)で統計的に比較したところ、CON区とRED区の間に統計的な差は見られず、GSH(グルタチオン)の化学組成にも差はなかったとされています。
一方で、SO2の添加は「マロラクティック発酵(MLF)」をアルコール発酵中に阻害したことが確認されました。その結果、ラッキング時点でRED区はCON区よりリンゴ酸の濃度が高く、乳酸の濃度が低くなっていました。また、SO2の添加は単量体・二量体のフラバン-3-オール(フェノール類の一種)を保持し、さらにスルホン化されたフラバン-3-オールのプール(存在量)を増加させたとされ、これはプレファーメンテーション(発酵前)段階でのポリフェノールオキシダーゼ(PPO)阻害と、活性酸素種(ROS)の消去によるものと考えられるとされています。官能面では、CON区はバナナのような香りが強く、RED区は還元的な香り(いわゆる「還元臭」)に傾く傾向が見られたと報告されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
全体として、アルコール発酵前のSO2添加は、フェノール類を保持し、マロラクティック発酵を阻害し、還元香を増加させる一方で、発酵の進み方やORPには明確な影響を与えなかったと結論づけられています。著者らは、SO2添加がアップルサイダーの化学的性質と官能的な特徴に与える影響には、トレードオフ(一方を立てれば他方に影響が出る関係)があることを指摘しています。この研究は特定の条件下での一つの実験結果であり、亜硫酸の効果や安全性について断定的な結論を示すものではない点に留意が必要です。
まとめ
今回の研究は、アップルサイダーの発酵に亜硫酸を加えることが、フェノール類の保持やマロラクティック発酵の抑制、香りの変化につながる可能性を示した一方で、発酵の速度や酸化還元電位そのものには明確な影響を及ぼさなかったことを報告するものです。飲料の製造工程における添加物の役割を理解するうえで、一つの手がかりとなる研究といえるでしょう。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:二酸化硫黄添加がアップルサイダーの酸化還元電位、化学組成、官能特性に与える影響(ビバレッジズ・2026年08月)