腸内細菌のはたらきが脳の状態と関わり合っているという「腸脳相関」という考え方が、近年注目されています。腸内細菌が作り出す代謝物や、食品由来の生理活性ペプチドが、この腸と脳のやり取りに影響しうることが指摘されています。今回紹介する研究では、タイ南部で伝統的に食べられている発酵魚ペースト「カピプラ(Kapi-pla)」に着目し、アルツハイマー病患者の便を使った模擬大腸発酵モデルで、腸内細菌叢と代謝物への影響を調べています。
カピプラは淡水魚を発酵させて作る、タンパク質とペプチドを豊富に含む伝統食品です。研究チームは、タイのパッタルン県産(PK)とソンクラー県産(SK)の2種類のカピプラについてペプチドを解析するとともに、アルツハイマー病患者から採取した便サンプルを使った模擬大腸発酵モデルにこれらを加え、腸内細菌の構成と代謝物の変化を調べました。腸内細菌の構成は16S rRNA遺伝子のシークエンス解析、代謝物はLC-MS/MS(液体クロマトグラフィー質量分析)という手法でそれぞれ評価されています。
研究でわかったこと
24時間の発酵実験の結果、パッタルン県産のカピプラ(PK)を加えた条件では、何も加えていない対照群と比べて、腸内細菌の多様性を示すシャノン多様性指数がわずかに増加したと報告されています。一方で、細菌の種類数そのものを示す豊富さの指標には変化が見られなかったとされています。
また、PKを加えた条件では、Proteobacteria(プロテオバクテリア門)の割合が減少し、Escherichia–ShigellaやKlebsiellaといった日和見病原菌とされる細菌の量も減少したことが示されています。さらに、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ吉草酸といった短鎖脂肪酸・分岐鎖脂肪酸が選択的に増加したことも報告されています。これらに加えて、PKはアルツハイマー病の病態に関連するとされる神経活性代謝物も増加させたとされ、著者らはこの結果から、カピプラがアルツハイマー病に伴う腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオシス)を改善し、腸脳相関の健康維持を支える機能性食品素材となる可能性を示唆しています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、実際の人の腸内で起きることを直接観察したものではなく、便サンプルを用いた模擬大腸発酵モデルという実験系で得られた結果です。今回紹介した内容は一つの研究によって示されたものであり、カピプラを食べることでアルツハイマー病の症状が改善する、あるいは予防できるといったことが証明されたわけではありません。
まとめ
タイ南部の伝統的な発酵魚ペースト「カピプラ」を、アルツハイマー病患者由来の便を使った模擬大腸モデルに加えたところ、腸内細菌の多様性のわずかな増加、日和見病原菌の減少、短鎖・分岐鎖脂肪酸や神経活性代謝物の増加が報告されました。研究チームは、こうした変化がアルツハイマー病に関連する腸内細菌叢の乱れを改善しうる可能性を示すものとしていますが、これは実験モデルによる知見であり、今後さらなる研究が必要とされる段階のものです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:アルツハイマー病を模した大腸モデルにおける発酵魚ペースト(カピプラ)に対する腸内細菌叢とメタボロームの応答(ファーメンテーション・2026年08月)