私たちの腸には無数の細菌が暮らしていますが、その研究の多くはバクテロイデス門やバチロータ門といった数の多いグループに向けられてきました。一方で、大腸菌(Escherichia coli)やビフィズス菌(Bifidobacterium)のように腸内では数が少ない菌どうしが、実際にどうやり取りしているのかはよくわかっていませんでした。日本の法政大学のOhno氏らの研究グループは、大腸菌が持つ『Uhp(ウープ)二成分制御系』という遺伝子スイッチの仕組みに着目し、これがビフィズス菌の出す代謝物を感じ取る一種のセンサーとして働いている可能性を報告しました。この論文はサイエンティフィック・リポーツに2026年08月に掲載予定です。
Uhp系は、もともと解糖の材料になるグルコース6リン酸(G6P)という物質を感知し、細胞内に取り込むための仕組みとして知られていました。菌体外にあるG6Pが受容体タンパク質UhpCに結合すると、センサーキナーゼUhpBと応答調節因子UhpAが働いて、輸送体遺伝子uhpTのスイッチが入る、という一連の流れです。研究チームは、この仕組みが単なる栄養補給用のセンサーにとどまらず、周囲にいる別の菌(ビフィズス菌)の活動状況を探る『情報収集チャネル』としても使われているのではないか、という着想から実験を進めました。
実験でわかったこと
研究チームはまず、大腸菌W3110株が持つ54種類の輸送体関連遺伝子を対象に、ビフィズス菌の一種Bifidobacterium longum subsp. longum JCM 1217の培養上清(BLCM、菌を取り除いた培養液)を加えたときの反応をRT-qPCR法で調べました。その結果、マンニトール輸送に関わるcmtA、グルコン酸輸送体のidnT、そしてヘキソース6リン酸輸送体のuhpTという3つの遺伝子で発現が顕著に上昇していました。さらにルシフェラーゼ(発光)レポーターを使った実験で、idnDOTRオペロンとuhpTのプロモーター(遺伝子のスイッチ部分)が実際に活性化されることを確認しています。興味深いことに、uhpT遺伝子を欠損させた変異株(ΔuhpT)でもidnT側の誘導は保たれており、G6PがuhpT経由で取り込まれてグルコン酸に変換されてidnTを誘導する、という単純な連鎖反応ではないことが示されました。著者らは、ビフィズス菌の上清にはヘキソースリン酸とグルコン酸(またはその類縁物質)という複数の異なるシグナル物質が含まれており、大腸菌はそれぞれを独立した経路で感知していると考察しています。
この反応がUhp系そのものによるものかを確かめるため、ノーザンブロット法でuhpTの転写産物を調べたところ、BLCMを与えた野生株でのみ明確なシグナルが検出され、UhpAB二重欠損株やUhpB欠損株では消失しました。さらにUhpA・UhpB・UhpCそれぞれの単独欠損株、また転写全般に関わる調節因子CRPの欠損株(Δcrp)でも誘導が失われたことから、この反応がUhpABCという一連の受容体・センサー複合体とCRPの両方を必要とする、特異的な仕組みであることが確認されました。
次に、この反応がビフィズス菌に特有のものかを調べるため、ビフィズス菌4種、大腸菌2株、そしてバクテロイデス門に属す5種(Phocaeicola dorei、Bacteroides ovatus、Phocaeicola vulgatus、Bacteroides thetaiotaomicron、Bacteroides caccae)の培養上清を比較しました。その結果、試験した4種のビフィズス菌はすべてuhpTのプロモーターを活性化させ、特にBifidobacterium pseudocatenulatum JCM 1200の上清では約8000ユニットという強い誘導が見られました。一方、大腸菌自身の上清や、腸内で優勢とされるバクテロイデス門の5種の上清では、誘導は全く見られませんでした。腸内で数の多いバクテロイデス門は複雑な多糖の分解者として知られていますが、少なくとも今回の条件では大腸菌が感知できる形でヘキソースリン酸を放出してはいないようだ、と著者らは述べています。
誘導物質が本当にG6Pなのかを確かめるため、研究チームはLeuconostoc mesenteroides由来のG6P脱水素酵素(Zwf)を使った『速度トラップ』という手法を用いました。野生型のZwf酵素はG6Pを速やかに分解しますが、触媒速度を落としたD177N変異型酵素は基質のG6Pを酵素内に留めたまま反応が遅く進むため、G6Pが受容体UhpCに結合するのを妨げる『おとり』として働きます。実際、350マイクロモルのG6Pを含む培地では、野生型酵素や市販のG6P脱水素酵素は1時間でuhpTの誘導活性を完全に消失させたのに対し、D177N変異型は同じ効果を得るのに3時間を要しました。この性質を利用してビフィズス菌の培養上清を野生型酵素で30分処理すると、uhpTの誘導活性は未処理に比べて約10分の1にまで低下しましたが(p=0.001)、D177N変異型で処理した場合は有意な変化が見られませんでした(p=0.265)。この結果は、ビフィズス菌が分泌する主な誘導物質がG6Pまたはそれによく似たヘキソースリン酸であることを裏付けるものです。
さらに研究チームは、ビフィズス菌がヒト母乳オリゴ糖(HMO)の構成糖であるグルコース、ガラクトース、N-アセチルグルコサミン、フコース、シアル酸をそれぞれ単一の炭素源として与えられたときの様子を、Modified Garche's Mediumという培地を使って調べました。この条件下ではグルコースとガラクトースでは良好な増殖が見られた一方、N-アセチルグルコサミン、フコース、シアル酸では増殖が確認されませんでした。グルコースおよびガラクトースで培養したビフィズス菌の上清を使ってuhpTの誘導を調べたところ、グルコース由来の上清では強い誘導が見られ、ガラクトース由来の上清でもグルコースの場合の約14%程度ではあるものの誘導が確認されました。このことから、G6Pとみられる物質の分泌はグルコースが余っているときだけの特別な現象ではなく、ガラクトースなど他の糖を代謝している際にも一貫して起こる現象らしいと著者らは考察しています。
この研究の位置づけと注意点
著者らは、G6Pという物質自体が微生物や宿主のリン酸分解酵素によって速やかに分解されやすく、拡散も構造化された環境の中では大きく制限される(ゲルモデル中37度でのG6Pの自己拡散係数はおよそ4.6×10のマイナス10乗平方メートル毎秒と見積もられ、通常の水溶液より大幅に低いとされます)性質を持つ点を指摘しています。そのため、この『会話』が成立するには大腸菌がビフィズス菌のごく近くにいる必要があると考えられ、腸内細菌叢が数十マイクロメートル規模の微小な空間的まとまりを作っているとする近年の知見とも合致すると論じています。
ただし今回の実験は、B. longum subsp. longum JCM 1217という成人由来の代表株を中心に行われたものであり、乳児型のビフィズス菌であるB. longum subsp. infantisなど、より豊富なHMO分解能力を持つ菌株についても同様の仕組みが働くと期待されるとしながらも、実際の検証は今後の課題として位置づけられています。また、この研究はあくまで大腸菌とビフィズス菌という組み合わせを中心とした実験室内の観察であり、ヒトの腸内で実際にどの程度この仕組みが働いているか、健康にどのような意味を持つかを直接示したものではありません。一つの研究であり、結論が確定したわけではない点に留意が必要です。
まとめ
この研究は、大腸菌が持つUhp二成分制御系が、もともと知られていたG6Pの取り込み機能に加え、ビフィズス菌が分泌するヘキソースリン酸を感知する一種のセンサーとして働きうることを、遺伝子発現解析と酵素を使った生化学的な検証によって示したものです。腸内で数の少ない菌どうしが、こうした分子レベルのやり取りを通じて互いの活動を把握し合っている可能性を示す成果であり、優勢な菌だけでなく非優勢な菌どうしのネットワークにも目を向ける意義を投げかけています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Tomotsugu Ohno, Masato Hoshino, Tsubasa Niino, et al. The Escherichia coli uhp two-component system functions as a sensory channel for hexose phosphates secreted by Bifidobacterium. サイエンティフィック・リポーツ (2026). DOI: 10.1038/s41598-026-64276-3.